どこにも行けない どこにも行かない

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17時過ぎに帰り支度をして職員室を出る伊勢谷先生の後を追った。彼がほぼ定時に学校を出ることは、時々ある。慌ただしく帰り支度をしていなくなる。 今日もそうだった。 でも、頼まれたことだからと、伊勢谷先生を追いかけて、職員の下駄箱でその後姿を捕まえた。 「すみません、急いでいるところ。」 伊勢谷先生は革靴を履こうとする手を止めて、私の方をきちんと見てくれた 「どうしたの?」 「飲み会。」 「飲み会?」 「若手の飲み会に来て欲しいって。須賀先生が。」 「あー……何で自分で誘わないの?」 かっこいいけど距離を感じて近寄り難いと、以前に同僚が話していたことを思い出す。それは、こう言う面なのだと思う。 「何で自分で誘わないの」最もな意見だが、誘う勇気がないからと言う理由を分かっていて、この人は敢えて尋ねる。だから、それはこちらが言葉を詰まらせるぐらいの威力になる。 「誘っても断るからじゃないですか?多少なり素敵と思っている男性に断られるのは、誰しも辛いと思います。」 だって、今まで一度も参加したことないじゃん。つまり、断り続けているってことでしょ? 「そう。で、その代役を何で君が?」 「さぁ。最近、伊勢谷先生が私にコーヒーを淹れてくれるからとか?」 それ以外に私には理由は見当たらない。 「そんな理由?」 「正解は知りません。頼まれたので引き受けただけです。これも仕事を円滑に回すためです。」 「……分かった。きちんと誠意を持って須賀先生には返事をする。ところで、河辺先生、後30分以内に仕事を終えたりできる?」 「えっ?えっ?」 な、何だ?いきなり? 「一緒に来て欲しいところがあるんだけど。」 一緒に来て欲しいところ? 何が何だかさっぱりだが、この間、データ入力を助けてもらったし、コーヒーもよく淹れてもらっているし…… 「行きます。15分だけ待ってください。」 明日は残業覚悟だが、お礼のつもりで付いて行こう。
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