どこにも行けない どこにも行かない

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発表会の服を選ぶうちに、私と七海ちゃんはすっかり仲良くなっていた。波長が合ったのだろう。ベビーピンクのレースをふんだんに使ったドレス風ワンピースにするか、黒のシックなジャンパスカートにするか、それともセットアップのベストとパンツスーツにするか、二人でわいわい言いながら品定めをした。 伊勢谷先生は少し離れたところにあるベンチに腰掛け、「お好きにどうぞ」と言いたげな顔をして、話の中に入ってこようとすらしなかった。 「ねぇ、紬さんって千鶴くんのことが好き?」 やっぱりワンピース風ドレスが可愛い!でも、色はレモンイエローかな、それが発表会の曲には合っているからなんて、話をしていた流れでだった。 ちょっとオマセな七海ちゃんにそう尋ねられたのは。 「す、好き!?」 伊勢谷先生のこと? 「違うの?好きだから、今日、ここに来てくれたと思ったのに。」 「それは……何となくで……」 「そっか。残念。千鶴くんもそろそろ新しい恋をしてもいいのにって思ったのに。」 七海ちゃんは子どもがするには大人びた、寂しいのか少し安心したのか、なんとも言えない複雑な顔で微笑した。 「千鶴くんね、色々あって恋愛はできなくなってて。それでも、去年、素敵なお姉ちゃんとお兄ちゃんに会って、ようやく自分のことを大切にしようって思えるようになったんだ。」 色々?素敵なお姉ちゃんとお兄ちゃん? 分からないことだらけだ。 「紬さんみたいな人なら、私、安心して千鶴くんのことをよろしくって頼めたのに。」 七海ちゃんは言いたいことを言い切ると、よしっと言って、ベンチに座る伊勢谷先生に手招きをした。 「千鶴くん、これ買って。」 手にはレモンイエローのドレス風ワンピース。 「買ってって、涼からお金預かってないわけ?」 「うん。千鶴くんが買ってくれるからとしか聞いてない。」 「涼のやろう……」 伊勢谷先生は鞄から財布を出し、七海ちゃんにおいでと言った。
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