どこにも行けない どこにも行かない

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伊勢谷先生がお会計を済ませ、3人並んで店を出た時だった。 「お待たせー!」 と言う声と共に、背の高いモデルのような女の人が小走りに近付いてくる。美人と言う言葉がピッタリ。そして漂うオーラは出来る女。 そんな彼女に 「お母さん!」 と言って、七海ちゃんは走って腰の辺りにしがみついた。 「はいはい。」 一児の母には見えない。子ども産んで、なぜにこのスタイルを保てるのだ。 そして、この人が…… 「千鶴、色々とありがとうね。」 「いいよ、別に。」 間違いなく伊勢谷先生のお姉さんだ。 「あら、あなた……」 そのお姉さんが私の方に視線をやる。美人姉弟とその娘を前に、本当にどこにでもいる特徴なんて何一つない自分に、劣等感を感じないわけがない。 声を発しようと思ったのに、上手く言葉にならない。 「彼女、俺の仕事場の同僚。河辺紬さん。」 そんな私のことをもちろん伊勢谷先生は気付く。代わりに自己紹介をしてくれる。 「あ、あ、あの、初めまして。」 ようやく出た声は酷く掠れていた。 「初めまして。伊勢谷涼です。ねぇ、もしかして私のこと怖い?」 「えっ、えっと…あの……」 怖いです。美人過ぎて圧がすごいです。 なんて言えるわけがない。 「あはは!」 突然、豪快に笑い出す涼さん。 「私っていつもそうなのよね。職場の若い子もみんな、怖がっちゃうの。ねぇ、千鶴、なんでだと思う?」 「そりゃ、圧がすごいからだろ。」 「圧!?そんなのかけてるつもりないのに!」 あれ?なんか見た目より涼さんって、気さくな人なのだろうか。 「河辺先生、この人のこと気にしなくていいから。いい加減だし、細かいことは一切気にしない。」 伊勢谷先生の一言に、私の予想は確信に変わり、涼さんに頭を下げた。 「あの、今日はありがとうございました。七海ちゃんとお買い物できて楽しかったです。」  「本当に!さすが学校の先生!またいつでも、この子と遊んであげて。もう、生意気で大変なの。」 生意気なんて言いながらも、涼さんは守るような強さで七海ちゃんの手を繋いであげている。 「じゃあ、私たち帰るわね。千鶴、河辺さんのこと、ちゃんと家まで送るのよ。」 「千鶴くんも紬さんも今日はありがとう!良かったら発表会も来てね。」 満面の笑顔でお気に入りのワンピースの入った紙袋を前後に振りながら、七海ちゃんは涼さんと一緒に、私たちに背を向けて歩き出した。
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