どこにも行けない どこにも行かない

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**** 車で送ってもらってしまった。家まで。 自室のベッドに寝転がって天井を仰いだ。お風呂から上がってから、なんとなく部屋の電気をつける気にならなくて、暗闇の中で部屋のカーテンを開けた。 天井には月明かりが差し込み、部屋は物の輪郭を確認できるぐらいの明るさはある。 楽しかったの、普通に。 ベッドに置かれた鯨の抱き枕を抱える。 ラーメンと餃子を注文して、餃子は分け合って食べた。伊勢谷先生は思った以上に色々と話をしてくれた。仕事場の生徒の話、今、話題の映画の話、この間、七海ちゃんを連れて、久しぶりにテーマパークに行った話とか。 そして、さすが教師と言いたくなるぐらい、人の話を引き出すのが上手くて、私はあれよあれよと自分の話をしてしまっていた。休みの日の楽しみは友人との食べ歩き、飲み歩きであること、旅行とかも好きなこと、今悩んでいる生徒の対応まで。 そんなどうでもいい話、一つ一つに耳を傾けてくれた。 そして、最後の別れ際に言われた。 今日、美味しいラーメン屋を紹介してくれたから、次に機会があったら、俺が美味しいラーメン屋を紹介するって。 次って何それ。 最初で最後じゃないの? いやいや、社交辞令だよ、きっと。 鯨の頭が潰れるのではないかってぐらい、ぎゅーって抱きしめる。 ダメだよ、ダメ。絶対ダメ。 あんな人、絶対ダメ。 そう思っているのに 私の中から消えなくなってしまった。 伊勢谷千鶴って人の存在。 好きになっても上手くいくわけないって分かっているのに。
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