どこにも行けない どこにも行かない

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伊勢谷先生のことを意識し出して、3日が過ぎた朝。 伊勢谷先生に偶然にも駐輪場で出会って挨拶された。そんなイレギュラーな展開に、私はまるで初めて好きな人ができな小学生みたいに「お、お、おはようございます。」とカタコトで挨拶を返すのがやっとだった。 「ふふっ……なんでカタコト?」 そんな私に微笑して、伊勢谷先生はいつも通りスムーズにバイクを駐車する。 だって!だって! 会うと意識してしまうんだもん! その笑った顔にも弱くなっている。普段、そんなに笑わないから、笑ってくれたって思ってしまうのだ。 バイクを停めたから、先に行くのかと思っていたら、私が自転車を停めるのを待ってくれる。 それもまたパニック。 待たせては悪いと慌てて自転車を停めたら、まだ前カゴに荷物を乗せていたこともあって、前輪が傾き、自転車もそのまま私の足首から足の甲の辺りに倒れてくる。 「いたっ!」 下敷きになる足。信じられない。もうやだ! 「ちょっ……大丈夫?」 すぐに私の目の前で、前カゴに乗ったトートバックの荷物を下ろして、自分の肩にかけてから自転車を起こしてくれる伊勢谷先生がいる。 「あの、ごめんなさい。」 「なんで謝るの?」 「……。」 俯くことしかできない。もっとカッコいい自分でいたいのに。 「足。」 足? 伊勢谷先生はしゃがんで、私のパンツスーツの裾をめくった。 「ケガしてなくて良かった。」 「……。」 「行こう。始業の時間になる。あ、自転車の鍵、外しときなよ。」 「……。」 何も言えない。この人の優しさは優しくしようと思ってしていない。自然と備わってしまっているもの。相手が誰であろうと同じことをする。 そして、私が何も言えないことも分かっている。ドジを踏んで、声も出ないぐらい恥ずかしくて仕方ないのだってことを。だから、何で返事しないのって思ったりもしない。
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