どこにも行けない どこにも行かない

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昼休憩の時に須賀先生から「伊勢谷先生、若手飲み会に来てくれるんだって。」 と、耳打ちされた。 断ると思っていたのに。 来てくれるんだ。 私が誘ったから?なんて一瞬思ってしまうけど、自惚れだと打ち消す。 「あー、何着て行こうかなぁ。ね、やっぱりワンピースかな?」 服……そうだよね。飲み会が行われるのはいつも土曜日の夜。部活で学校に来ている先生もいるけど、基本的には休みだ。 仕事着を着ていくのは、さすがに堅苦しい。かと言って、合コンですみたいな煌びやかな服装もどうかと思う。 伊勢谷先生が来なかったら、こんなこと思わないのに。 前回の時は、仕事と然程変わらない装いで行った。綿パンにシフォンのブラウス。ブラウスだけは仕事ではあまり着ない胸元で棒帯をリボンの形に結ぶ、少しだけ華やかなものだった。 「楽しそうなところ悪いんだけど」 どさっと私と須賀先生の机の間に一学年分のプリントが置かれる。 「これ、一年生の来年度の進路希望調査票。今日中に二人でデータ入力よろしく。」 山之内先生が腰に手を当てて、鼻息荒く命令してくる。 プリントの中身は今の一年生が二年生になった時に、文系か理系が特進英語科かどれを希望するかを書いたものだ。 ちなみに特進英語科は、我が校の特色のある科のひとつで、英語の授業に重きを置いて一年間のカリキュラムが組まれ、英語の授業の7割は英語のみで進められる。そして、伊勢谷先生はこの科があるから、うちの学校に引き抜かれたらしい。 「今日中ってまた急ですね。」 反抗し過ぎてない程度に、山之内先生に反発してみる。確かこのプリント自体は先週の始めには配布、回収されていたはずだ。 「し、仕方ないでしょ!明日、教務課でこの内容の会議をすることになったんだから。」 だから、毎年、これぐらいの時期にこの件についての会議があるのだから、人に頼むにしても先を見越して準備しとかないのだろうか。 山之内先生は多分、計画立てて物事を進めるのが苦手なのだ。 「それに、これは一年生の学年にも関係のある内容ですからね!」 最後はそれらしい理由で押し切ってくる。そう言われたら、突き返すこともできなくて、プリントを引き受けた。
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