どこにも行けない どこにも行かない

20/29
前へ
/137ページ
次へ
5限が始まる5分前の予鈴が鳴って、職員室にいる教師が慌ただしく出ていく中、私はなんだかなぁって思いに引きずられて、いつもより鈍い動きの中で授業の支度をしていた。 そんな時だ。 そう、いつもそんな時なのだ。 「また期日の迫った仕事、もらったの?」 私の机の上に置かれたプリントに手がかかる。 「伊勢谷先生……」 どうして気付いてしまうのだろうか、この人は。 「貸して。俺、5限空きだから。」 空きというのは授業がないってことだ。 「ダメです。空きでもすることたくさんあるじゃないですか。」 課題の採点とか次の授業の準備とか、二年生の進路指導や生徒指導の案件対応とか。 「この間、七海の相手してくれたお礼。」 「それは……私がお礼のつもりだったのに。データ入力を助けてもらったから。」 「じゃあ、お互いに支え合っているってことでいいんじゃない?」 「そんな……私ばかり助けてもらってます。」 「じゃあ、助けて。」 えっ?助けて?今? ことんと私の机にアーモンドチョコレートの箱が置かれた。 「今朝、コンビニで買い物をしたら、レシートに当たりが出たらしくてもらったの。でも、俺、甘いもの苦手だから、もらってくれると助かる。」 「そんなの助けているうちに入りません!」 「なんで?俺は助かっているのに。あ、もしかして甘いもの苦手?」 「……好きです……」 「それなら良かった。」 ほら!結局、私がチョコレートをもらってラッキーってだけの話じゃん! 「てか、急がないと本鈴なるよ?」 「あぁ…行ってきます!あの、入力するプリント、ちょっとでいいですから!私がするので!」 「はいはい。」 伊勢谷先生に、いってらっしゃいと言うかのように手を振られて、私は次の授業に必要な物を抱えて席を立った。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加