どこにも行けない どこにも行かない

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❇︎❇︎❇︎❇︎ 土曜日の飲み会の日まで、伊勢谷先生にコーヒーを淹れてもらって、時々話しかけられて過ごした。もちろん、この人がなぜに私を構うのかと言う答えは見つけられない。 そんなことがあっても、仕事中に浮ついたりはしない。いかに生徒に分かりやすく数学の面白さを教えるか考えながら授業し、山のような事務関係の仕事をこなし、生徒指導に進路指導をしていたら一日は終わる。だから、恋愛に現を抜かしている暇もないのだ。 それでも、伊勢谷先生に話しかけてもらえたら、日常がほんの少し鮮やかな色に染まる。どちらかと言うと恋愛には無頓着で、長く付き合った彼氏もいない。そんな私なので、この思いを実らせたいとか、何とかして振り向かせてみせるとかを望んでいるわけではない。 ただ、少しでも長くこの人と話せたらいいなってそれだけだ。 「グラスありますかー?お疲れ様でーす。」 会場に体育教師、野球部顧問の声が響く。 若手教師の会は、30代半ばぐらいまでの教師が参加する。職場全員の若手が参加したら20人ぐらいの集まりになる。今日もほぼ全員参加だ。そして、その中には伊勢谷先生もいる。 20人ぐらいの集まりなので、4から5グループぐらいに分かれて、話ながら飲むことが多い。伊勢谷先生とは別のグループになったのに、私は時々、目の端で彼を追っていた。 シャツにジャケットにタイトなパンツで爽やかな服装の伊勢谷先生。こういう会でもいつもの淡々とした感じは変わらない。 今日着ていく服装に悩んだ私は、結局気合を入れる勇気は出ず、Tシャツにカーディガンに綿パンという姿で参加した。それでも少しだけお洒落したくて、カーディガンはドルマンカーディガンを選んだ。 それと、髪。 前に伊勢谷先生に綺麗な髪って言ってもらったから。初めて職場の人の前でおろした。
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