どこにも行けない どこにも行かない

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店は私たちが大声で話しても、誰も気に留めないぐらいの座席数がある居酒屋だ。安い、美味い、早いがモットーで、飲みたいものを好きなだけ飲み、食べたいものを好きなだけ食べる。 お酒は強いわけではないけど、好きなので、私も最初はビールでそれから酎ハイでって一緒に飲んでいるメンバーに合わせて口にした。 「河辺先生、珍しいね。髪の毛下ろしているの。」 隣の席に座る3年生担任、化学教師に声をかけられる。「伊勢谷先生が来る前は、うちの学校のナンバーワン イケメン教師だったけど、伊勢谷先生が来てその座は奪われたよね。」と、須賀先生が言っていた。 が、当の本人は全くもって気にしていない。昨年、モデルみたいな看護師さんと結婚して幸せなのだそうだ。今日もさっきまで惚気話をしていた。顔だけでなく家事も完璧、夜の営みも相性良過ぎだそうで。お酒の量が増えると、こういう話がをしだす人もいる。普段、教師として真面目を演じているからこそ、こんな時にしか素に戻れないのだ。 伊勢谷先生は、多分、恋愛関係の話とか好きではないのだろうなあと思う。あの人が自分の恋愛事情を話す姿は想像ができない。それに……七海ちゃんが言っていたっけ。千鶴くんは恋愛しない的なこと。 「河辺先生、聞いてる?」 「えっ?」 「こんなに綺麗な髪をしているのに、どうして普段下ろさないの?もったいない。」 「あー……」 返事の中身に悩んでいたら、私の逆隣りに座っていた須賀先生が私の上腕に腕を絡ませて、「分かってないですね!」と言って唇を尖らせた。 「山之内先生がうるさいからですよ!教師たるものにお洒落は必要ありませんって。髪の毛を下ろしていたら授業の邪魔になるでしょうって。」 最後はモノマネまで交えてくれた。 「えっ?そんなこと言うの?俺にはめっちゃ優しいよ。」 「そりゃ、先生はイケメンだからですよ。知らないんですか?山之内先生って本当に酷くて……」 この流れは……だいたい須賀先生が山之内先生の話題を出すと、彼女に便乗して批判や文句があちこちから出始めるのだ。
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