どこにも行けない どこにも行かない

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他の人たちの目をすり抜けて、伊勢谷先生に連れられたのは、ブックカフェだった。 夕方から深夜にかけてオープンしているブックカフェ。居酒屋のある駅の裏手に立つ雑居ビルの3階。外から見上げると、間接照明の灯りが見えるだけで、そんな雑居ビルの中にブックカフェがあるとは思えない。 少し急傾斜の階段を上がって、店のドアを開けたら、中はカウンター席とソファー席が 1席あるだけの空間。ドアと同じ側の壁面の床から天井にかけて本が並んでいる。カウンター席の端にはアクセサリーやガラス製のカップ、スマホケースなどのちょっとした雑貨も売られていた。 コーヒーや紅茶を飲みながら本を読んでもいいし、純粋にカフェとして利用してもいい、そんな感じの店内だった。 店主と思われる40代前半ぐらいの男性は、伊勢谷先生の姿を見ると、軽く微笑んでカウンター席に案内してくれた。日頃から通っているのだろう。顔見知りであるのは確かだった。 「好きな物を頼んで。」と言って、伊勢谷先生は私にメニューを差し出してくれた。A4サイズの白茶色の用紙がラミネートされたものが 1枚だけのメニュー表には、数種類のコーヒー、紅茶、それからプリンパフェという文字が並んでいた。 「……プリンパフェ……」 飲んで居酒屋の油物系のご飯を食べた後は、口の中が甘い物を欲する。 「あ、すみません。伊勢谷……さん、甘い物食べないのに。」 ここの店主が彼が教師かどうか知っているのか定かではないので、伊勢谷さんと呼んでおく。 「気にしなくていいよ。別に甘い匂いがダメとかじゃないから。てか、俺に気を使い過ぎ。もしかして、俺のこと怖いの?」 「ち、違います!そんなことないです!」 気になっているから。嫌われたくない、今の関係がなくなって欲しくないって思うから。
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