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伊勢谷先生は本当に姿を見せてくれた。普通電車しか停まらない小さな駅で、23時を過ぎた今、電車から降りてきたのは彼だけだった。
私はそんな彼に、自分から走っていってそのまま抱きついていた。
伊勢谷先生は突き返したりしなかった。電話の時と同じように「いきなりだなあ。」と言いながら、私の背中に手を回した。
言わなきゃ。きちんと自分の気持ち。この人に伝えたい。
「嬉しかったです。全部。山之内先生に絡まれているときに声をかけてくれたことも、仕事を助けてくれたことも、コーヒー淹れてくれることも、時々、話しかけてくれることも。それから、私に声をかけた理由が髪が綺麗だったからって言ってくれたことも。」
私の髪に触れる伊勢谷先生の指先。
さっきよりも強く彼にしがみついた。
「私はどちらかと言うと単純だし、恋愛経験も少ないから、そんなことされて好きにならないわけがありません。」
「うん……」
「でも、伊勢谷先生は……何か理由があるんだと思っています。始まったら終わってしまうと思う理由。その理由を教えてなんて思っていません。でも、始まらなくても終わってしまうんです。だって、少し親しくなった同僚の関係がいつまでも続くなんてことはないから。」
こんな曖昧な関係に永遠なんてあるわけない。
「……。」
「私は嫌です。始まらなくて終わるなら、始まって終わる方がいいです。ううん、終わらせたくないです、私自身は。」
すごく自分勝手な話。だけど、きっとこの人にはそれぐらい強いものがいる。
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