同じ匂い

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❇︎❇︎❇︎❇︎ いつもと同じ月曜日の朝だった。1DKの間取りの部屋に置かれた姿見で髪を整える。ぱっつんの前髪に鎖骨までのストレートヘア。染色は社内規定では可なので、ミルクティーのような色味に染めている。学生の時と大差のないヘアスタイルだ。 それでも服は普段好んで着るTシャツにジャンパスカートとかにするわけにはいかないので、タイトなスーツテイストのパンツに白や薄ピンク、水色のシャツを着る。誰にも突っ込まれない服装。これが長く働く上では鉄則だと思う。 二日前の飲み会のことなどもうすっかり忘却の彼方だった。あの後、レイトショーで見た映画も期待程ではなくて、思い出して余韻に浸ることもなかった。 だから、15時前の休憩時間にいつも通りマイボトルを片手に屋上に上がった時に思い出したのだ。 ギターなのかベースなのか私には識別できないが、とにかく弦の張った楽器を手にしている間宮くんを見て。 あの日、私はこの会社に来て初めて、職場の人と長く言葉を交わしたことを。 間宮くんはフェンスにもたれて、楽器を鳴らしている。音からして多分ベースだと思う。 「座ったら?」 一瞬、手を止めて、私を見た。 ……どこに? 隣?いやいや、ないない。 つま先を彼とは反対に向けようとした矢先、 「隣。」 と、言われた。ベースを弾きながら。 ここでスルーするほどの人間では私はやはりないらしい。 小さな歩みで近付き、彼の横に腰を下ろしてみる。 綺麗な指。 ベースの弦ってこんな風に張られてるんだ。 「興味あるの?」 「えっ?」 今日もいつもと変わらない服装、黒いワイドパンツに白いパーカーの間宮くんと目が合う。 「ベース。ずっと見てたから。」 「あ、あの……」 綺麗な指だなって思ってたなんて言えるわけがない。
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