同じ匂い

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6日目は、17時に我が家を訪ねてきた。家でも課題したよと言って、ノートを見せてくれた。 本来の目的を果たすと自分に言い聞かせて、彼のノートを採点した。 「すごいね。着実にできるようになってる。」 「新内さんと勉強するの楽しいからかな。」 中学生の時はそんなにやる気がなかったそうだ。ベースを触っている方が楽しかったからと。それに、中学2年の時には、通信制高校に行くつもりでいたそうだ。 「母親を助けたい気持ちもあったから。20歳で俺を生んで、まぁ、子育てから逃げていた時もあったけど、一応は今まで育ててくれたから。そろそろ好きに生きてもいいんじゃないかなって思って。俺も働いて少しでも助けられたらってね。」 大人びた職場とはまた違う顔。太陽のように明るい彼と月のように静かな彼。両方を持ち合わせていて、私はそのどちらにも引き寄せられている。 「じゃあこれが最後の課題。明日また持ってきてね。」 センターテーブルに開けたノートにワークのページ数を書き込む。これで最後。 「ねぇ、明日が終わったら、もう新内さんの家には来たらダメ?」 「あ、当たり前でしょ。私は勉強を教えるから、うちに来ていいって言ったの。そうじゃなければ、高校生の間宮くんを家にあげたりしない。」 「最初はそうだっただけでしょ。今は?」 「今も!」 「それ、本心?」 「……。」 「新内さん。」 頬に触れようとした間宮くんの手を払っていた。 「これ以上は触れないで。触れて欲しくない。」 「それも本心?」 「本心!」 「……そう。」 彼の表情が変わる。職場の時に見せる表情に戻る。 「明日の課題は満点とるから期待しててね。」 職場のパートさんをめろめろにさせるアイドルのような笑顔になる。彼と親しくなる前に見てきた顔。 それは全てをなかったことにするかのような顔だ。
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