小さな手

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翔太が俺に声をかけたのは、ギターやベースのコードを解読してくれと言う理由だった。 真尋の叔父さんはスタジオを経営していて、スタジオの倉庫に山のような楽器が置いてあった。自分たちで演奏できるなら、好きに触っていいと言われているそうだ。 三人とも興味があるようで、触るのだが、なかなか思うように音が出ないとのことだった。 「叔父さん、教えてくれないの。自分たちで考えてできるようになる方が楽しいとか言って。本当は面倒くさいんだよ。」 礼央が手を頭の後ろに組んで、愚痴をこぼす。 「それならやらないって手もあるじゃん。」 どうしてそこまでして、この三人は楽器を弾こうとするのだ? 「色々あるんだ、子どもなりに俺ら。だから、何かそう言う色々を忘れられる夢中になれるものが欲しいのかも。」 真尋が弱々しく微笑した姿を見て、俺は「解読してみる。」と言っていた。 それから1週間。俺は塾をサボって、彼らと楽器をずっと触っていた。親に敷かれたレール以外のものが欲しかったのかもしれない。 その中で一番自分の指にはまったのはギターだった。最初にコードを解読したからかもしれない。愛着が湧いたのかもって。 一緒に過ごす時間の中で、お互いに背負っているものを自然と話していた。三人は俺のことを亜貴と呼ぶようになった。俺も真尋、礼央、翔太と。 学校でも四人で一緒にいるようになった。クラスのやつらからしたら「誰?」と言うようなロックバンドの曲を聞いたりするようになった。 今まで生きてきて、初めて生きている実感が湧いた。やらされてばかりの毎日ではなくなったと。 もちろん両親にはすぐにバレて、許さないと言われた。そんなことしている暇はないと。 でも、奪われたくなかった。自分が自分で見つけた居場所を。 だから、言ったのだ。 塾は休まず行く。課題も出す。その上で学校のテストで全て90点以上とると。 それでようやく了承を得た。 そして、その約束は高校になった今も続いている。さすがに両親からの課題はなくなったが。 その代わり全教科90点以上に加え、学年10番以内という新たな提案を出され、それを飲まざるは終えなかった。 だって、ずっと、四人で音楽をしていたかったから。
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