小さな手

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❇︎❇︎❇︎❇︎ 細い体……。 彼女、江崎紫音(エザキ シオン)は自室のベッドに座っていた。 白いTシャツにミントグリーンの踝丈のプリーツスカートを履いている彼女は、青白い顔をしていた。細い手首には包帯が巻かれている。叔母の話では夜中に手首を切ったそうだ。だいたい自分たちが寝た夜中にそう言うことをするとのことだ。   「初めまして。」 と言っても返事はない。こっちも返事などは期待していない。 勉強なんてできる状態じゃない。 そんなことは誰が見ても分かることだ。 一瞬、躊躇ったが、俺はベッドに上がって彼女の隣に座った。向かい合っているより話しやすいと思った。 「佐々井亜貴って言います。一応、君とはいとこにあたる。今日からとりあえず夏休みの間は、時々、会いにきてあげてって叔母さんから頼まれてる。」 「……。」 「迷惑?」 「……。」 虚な目。生死すら疑うぐらいの。 「まぁ、いっか。今日はこのままここにいさせて。」 でも、俺とは比にならないかもしれないけど、全てを遮断してしまう気持ちは全く理解できないわけではない。 手首の包帯が少し赤く染まっている。 「痛くないの?」 「……。」 「手首。」 触れていいのか、精神科医でもない高校一年生の俺には判断できるわけもない。でも、このまま触れないのは違う気がしていた。 「切ったら楽になる?」 「……。」 虚だった紫音の目が少し開いた気がした。そうだと言うかのように。 「はい。」 俺は隣に置いていた鞄からペンを取り出して、彼女の包帯の上に自分のスマホの電話番号を書いた。 「楽にはならないかもしれないけど、切るぐらいなら連絡して。夜中なら起きてることが多いから。」 「……。」 「勉強をしてるかギターを弾いてるかしてるから。」 「……。」 それ以上は何も話さなかった。 俺は包帯の巻かれた紫音の掌を握っていた。 初めて会ったのに。 なぜだか彼女を一人にさせられないって思っていた。
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