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紫音は個室の病室を与えられていた。軽くノックをして、病院らしいサーモンピンクの引き戸を引いたら、ベッドに座って、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
前よりも痩せたのは明らかで、彼女の腕に繋がれていない点滴がそこにあった。
「紫音……」
口から出た声は掠れていた。毎日会いに行くって言ったのに。親からの圧力に負けて、放棄した自分は彼女を見捨てた人たちと何も変わらない。
窓から目を離し、俺の方を見た紫音の頬は色を失い、痩せ過ぎたせいで瞳の大きさがやけに目立った。
「あっ……」
声を漏らして、彼女は俺に笑いかけた。そう、初めて。
「見て。」
紫音は痩せ細った腕を俺に見せた。本来は白いはずだったろうが、今は薄汚れて切れそうな包帯の巻かれた腕を。
「亜貴くんがね、おまじないをしてくれたから、外れなかったの、これ。」
親がとか近所の人がとかもうどうでも良かった。彼女を守れないなら何も意味がない。
ギターを引いても、曲を作っても、どんなに優秀な成績を収めても。何もしていないのと同じだ。
紫音に歩み寄って抱きしめていた。今にも折れそうな彼女の体を、今まで会えなかった分も。
「ご飯、食べれるようになってきてたのに、何で……」
「美味しくなかったから。」
「美味しくない?」
「亜貴くんと食べた日より美味しいと思えなかったから。」
「何言ってるんだよ。それでも、食べなきゃ死ぬんだよ。」
「……誰も…今の私を見てくれない世界で生きる意味があるの……?」
お互いの心臓の音がする。触れ合った体から重なるように。
「……俺が見るから。だから……いなくならないで。絶対。」
今、ここで生きていることを伝えるように。
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