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その日から俺は紫音のお世話係になった。
母は掌を返したように、翌日には「よろしくね。」と言ってきた。子どもの自分には分からないが、きっと仕事を優位に進められる何かを手に入れたのだろう。
紫音は月日と共に生きる力を取り戻した。ご飯も食べられるようになり、手首を切ることもなくなった。
叔母も紫音と向き合ってくれて、二人で出かけることもあるようだ。
それでも、外を出歩くのには、まだ不安が付き纏うようで、長時間の外出は様子を見ながらになっている。
少しでも他の人との関わりをと思い、真尋たちにも会わせた。今では一緒に遊ぶ仲だ。
「亜貴くん、私ね、高校受験をしようと思うの。」
外は粉雪が舞っていた。彼女と出会って1年半が経った冬だった。
彼女のデスクには英語の問題集が広げられている。
最近は当初の目的だった勉強を教えるという役割で、彼女の家を訪ねる日も増えていた。
「本当に?」
「うん……まだちょっと怖いけど…高校生になったら学校に行ってみようかなって。亜貴くんがバンドを頑張っているのを見たら、私も頑張りたいって。」
「そんな……でも……」
無理したらまた逆戻りするんじゃないかって、応援したいのにマイナスの気持ちが押し寄せてくる。
紫音の小さな手が俺の手をぎゅっと握った。
「大丈夫。亜貴くんの存在があれば、私は少し強くなれるから。」
「……。」
俺はそんな彼女の小さな手を握り返した。
「この手が幸せで一杯になりますように。もう二度と傷付かないように。」
「亜貴くん……」
「先に進もうとする紫音におまじない。それと……」
俺は自分の額を紫音の額にコツンと優しく当てた。
「俺は紫音が俺のことをいらないって言うまで守るから。だから、心配しないで思うことをしな。」
そう、初めて会ったあの日から。
俺は思っていたんだと思う。
この小さな手を守っていきたいって。
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