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電話を切った翔太と目が合う。
私が見上げる形。
昔は翔太の方が小さかったのに。勝手にめきめきと大きくなって、今となっては20センチは背が高い。
じっと見られて、耐えられなくなって思わず目を逸らす。
「デートでもしてきたの?」
「えっ?」
「いつもよりメイクが濃いから。」
「しっ……」
信じられない!!
「派手。このグロス。」
翔太の親指の先が私の下唇に触れて、グロスを拭った。
「ちょっと!」
「……帰ろ。」
「えっ!?」
ソファーの背もたれに掛けられていたモスグリーンのブルゾンをロングTシャツの上に羽織って出て行ってしまう。
何だったのだとしか言えない。
「翔ちゃん帰ったの?」
玄関のドアが閉まるのと同タイミングで、母がタオルで髪を拭きながら脱衣所から出てくる。母は昔から翔太のことを翔ちゃんと呼ぶ。
「帰った。何なの、あいつ。」
態度悪過ぎ。帰ろって何それ。
「えー?今日ね、晩ご飯のシチューを作り過ぎちゃって、翔ちゃんに一緒に食べないって声をかけたら来てくれたの。ほら、雫もいないから、他に食べる人もいないでしょ。」
「ふーん。」
私が大学に進学してから、家に帰らない日もあり、そんな時は母と翔太、二人で晩ご飯を食べる日もあった。二人は本当の母と子のような仲なのだ。
「それで、食べ終わって帰るか聞いたんだけど、雫のことが心配だから、帰るまで待ってるって。」
「……心配って……年下のくせに生意気。」
「ここに来る前にケーキも買ってきてくれたの。雫と一緒に食べたかったんじゃない?」
「……。」
もう、いつもこうだ。
あの日から私は翔太を切り捨てられない。
玄関でスリッポンをつっかけて家を出た。
走って行ったら翔太に追いつくだろう。
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