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と、思っていたのに、今となっては数十分前の自分に、自信過剰だよって言いたくなる。
「ねぇ、全然当たらないの!」
勝負なんて話にならない。豪速球でも、松田くんはけろっとした顔で8割はヒット線の当たりを出す。一方の私は当てることすらできない。
「あー……そりゃそうだろうね。」
笑みを漏らして、松田くんは安全のために待合との間に仕切られたフェンスに付随する格子戸を開けて、私の立つバッターボックスに入って来た。
「ちょっとごめんね。」
さっき繋いでいた手が私の腰の辺りに触れる。距離がなくなる。見上げると彼の顔がある。
「姿勢が悪いんだよ。腰を後ろに出したら当たらないよ。バッターボックスの真ん中に立っていたら、デットボールになることなんてないから。」
「うっ……」
いや、もうこの状態が無理!無理!無理!好きな人がこんなに近くにいて平常心なんて保てるわけがない!
「舞香、聞いてる?」
耳元を擽る聞いてるの声。だから、この近距離で舞香なんて言わないで。
「聞いてます!聞いてます!」
「そのままボールから目を離さずにあとは振る。ほら来るよ。」
松田くんが私から離れてすぐ、ボールが飛んでくる。
ボールを見て……ボールを見て……
カツンと高い金属音。
青い空に自分の打ったボールが放物線を描いて飛んで行く。
「嘘!当たった!当たったよ!」
すごく良い音した!バッドを地面に置いて、思わずその場で飛び跳ねた瞬間、
「危ない。」
慌てた松田くんに腕を引っ張られて、彼の胸の中に体ごと飛び込んでしまう。
背後ではボールがキャッチャー代わりのゴム製のクッションに当たる音がする。
「バッティングセンターなんて、すぐに次のボールが来るんだから、目を離したらダメだよ。」
「はい、ごめんなさい……」
「ううん、ケガしなくて良かった。」
顔が熱い。体も。松田くんの匂いが今度は鼻を擽る。
一緒にいればいるだけ辛くなる。
絶対にこの人を嫌いになることなんて出来ないって思い知らされる。
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