始まりのキス

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余っている布団を私の部屋に敷いた。翔太は私にベッドを譲ってくれた。別の部屋で寝る方がいい気はしていたけど、リビングと母の部屋以外に部屋はないうえに、母にうつして仕事を休ませるわけにも行かないので、止むを得ずだった。 私も翔太もほぼ話すこともなく寝ていた。時折、起きて、私はベッドから降りて翔太の様子を見た。翔太が体調を崩したら彼の看病をするのが常だったから。 薬が効いているのかよく眠っていた。 そうして4日目には私も翔太も熱はほぼ下がり、リビングで一緒に食事を取るまでになった。母は仕事に行っているので、私が消化にいいものを作って振る舞った。 そう言えば、翔太が初めてこの家に来た時に出したカレーも私が作ったものだった。 「あの男のどこがいいの?」 さっきまで黙ってスマホを触っていた翔太に、突然声をかけられて、洗い物の手を止めた。対面キッチンなので、私の立つ位置の目の前に食卓があり、翔太はそこに座って、食卓についた肘に顎を乗せて、鋭い視線で私を見ていた。 「あの男って……」 潤さんのことだろう。 「あんなおっさんのどこが好きなの?」 「お、おっさん!?潤さんに失礼でしょ!!」 そりゃ翔太から見たら10歳近く年上だが、おっさんだなんて!! 「別にかっこよくないじゃん。かっこつけてるだけで。」 「こっ……子どもの翔太には分からないの!潤さんはいつもきちんとスーツを着こなして、デートもリードしてくれて、素敵なお店も用意してくれて、私のことを可愛がってくれて、ドキドキさせてくれて……」 翔太の逸らすことのない視線に、なぜたが声が小さくなっていく。 「それ、別にそいつじゃなくてもいいんじゃないの?同じようなことをしてくれて、自分をドキドキさせてくれる男なら。本当に大切な人は、代わりがきかない人だと俺は思うけど。」 「……。」 翔太のくせに生意気って言いたいのに言えない。痛いところを突かれた気がしたから。潤さんと付き合えば、友だちにも自慢できる。上手くいって結婚なんてなれば、将来も安泰。きっと母も喜んでくれる。 だから…… 「デートして。」 「えっ?」 デートしてって言った? 「あの男と付き合っていくなら、もうあまり俺と会うこともなくなるでしょ。最後に思い出作りに二人で出かけようよ。」 「最後に……」 「いいじゃん。快気祝いも兼ねて。」 「……分かった……」 頷いていた。最後なんて言わないでよって自分勝手にも心の隅で思っていた。
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