始まりのキス

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「さっき、なにを聞いていたの?」 揺れる電車の中で聞いてみた。並んで座る二人の背に、窓から冬の昼時の穏やかな日差しが当たる。 「あぁ……亜貴が作った曲。アレンジして欲しいって頼まれたから。」 「曲とか作るんだ。」 「うん。歌詞は真尋が担当だけど、曲は好きなやつが好きな時に作ってる。」 翔太がバンドをしているのは知っている。それでこの先もやっていきたいってことも(これは母から聞いた)。 でも、それ以上のことを私は知らない。翔太たちのバンドの曲も聞いたことがない。 「聞いてみたい。」 だから……今日ぐらいは…… 「えっ?」 「翔太たちのバンドの曲。」 「あー……まぁ、いいけど。」 私と視線を合わせないようにしながら、後頭部の辺りを手でかいてから、翔太はスマホのロックを解除した。中に曲が入っているのだろう。 「ねぇ、もしかして照れてる?」 「多少は。やっぱり家に帰ってからにして。恥ずかしい。」 「えー?いいじゃん!」 久しぶりに見る翔太の照れた顔が嬉しくて、思わず顔を覗き込んでしまう。 頬を染める姿なんて、小学生の時から見ていない。そう、あれは6年生の終わり。小学校の総復習の漢字テストで満点をとって、私がすごく褒めた時だ。 二人で一生懸命勉強したのだ。翔太が礼央くんと駅前のパン屋のクリームパンをかけて勝負したから、一緒に漢字の勉強をして欲しいって言ってきたのだ。 そんな理由って感じだったけど、負けられない戦いなのとか言われて、男の子って可笑しいって思って、そんな翔太が可愛く見えて協力したのだ。 結果は礼央くんは90点だったらしくて、翔太はクリームパンを手に入れて、私に半分こしてくれた。 「ダメ。スマホ貸して。曲を送っておくから、解散してからにして。」 「もう、仕方なしだよ。」 スマホを差し出して、データを送ってもらった。翔太は「解散してから必ず聞くこと。」と念押しすることを忘れずに付け加えてきた。 「分かってるって。」 翔太が最後かもしれないなんて言うから、決めていた。今日だけは一日中、翔太のことを考えようって。潤さんにごめんなさいって駅に着く前に心の中では唱えた。
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