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「いくぞ魔人!」
今度は魔人には覚えがあった。一年前に殺し、そして消えたあの男だった。
訝しみながら、魔人は尾で攻撃する。
風を裂き岩を砕く連撃が――かすりもしない。
足さばきと体術だけで、男は魔人の尾を避け続ける。
攻防しばらく、飽いた魔人は尾を止める。
「もうそれは通用しないぞ」
意気込む男を前に、魔人はすぅと息を吸い込み――放たれた火の息吹が、一瞬で男を包み込んだ。
熱さに悶えることも、死に際の断末魔さえも許されなかった。
男の体は真っ黒に焦げ、炭となって地面に積もり、霧散した。
同じ男を二度も殺すのは、魔人をしても不思議な感覚だった。
男は真っ赤な衣をまとっていた。火鼠の革衣。一年かけて探し出した東方の至宝で、いかなる炎も通さぬという逸品だった。
それを知らぬ魔人はまたも火の息吹を放ち、男には通じなかった。
「お前の炎はもう怖くない」
雄々しく剣を構える男。魔人は表情一つ変えず再度息を吸い込み――男は一体の氷像と化した。
火鼠の革衣は、確かに炎は通さなかったが、万物を凍てつかせる氷の息吹は防げなかった。
剣を構えたまま凍りついた男を、魔人の尾が襲う。
打ち砕かれた氷像は無数の氷片となって散らばり、霧散した。
男は二つの衣をまとっていた。真っ赤な衣と、瑠璃の衣――さらに一年かけて探し出した氷狼の毛衣で、北の果ての吹雪さえも平気という代物だ。
魔人の息吹は、男を焦がせず、また凍らせることもできなかった。
「どうだ」
今度こそと胸を張る男は、魔人があとひとつ息吹を残していることを知らない。
吐かれたのは、岩を腐らせ鉄をも侵す瘴気の息吹。
赤茶色に濁ったそれを、男は真っ向から浴びた。
剣が、衣が、肉体がずぐずぐに腐り落ちていく。生きながらに溶けゆくその苦しみに、男の絶叫がこだまする。
手足が失せて地に伏すまで男の叫びはずっと続き、その体とともに消え去った。
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