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一撃さえ与えられず殺され続けること十年。男はついに、魔人の搦め手すべてを攻略した。
だが、始まりはここからだった。
男が手にした剣で切りつけ、魔人は腕をかざして防ぐ。
金属同士をぶつけたような甲高い音が響いた。硬い衝撃に手が痺れ、男が顔をしかめる。
鋼にも勝る竜の鱗には、傷ひとつない。
冷めた目つきで男を見つめ、魔人は防いだのとは逆の手で男の剣を握り――刃をもろともせず、ひと掴みにへし折った。
驚愕に硬直する男の胸を、魔人の腕が貫いた。
男は挑み、敗れて死に、鍛錬を積んではまた挑み、また敗れては消えた。
魔人の力は絶大だった。その爪は紙切れのように鎧を切り裂き、その手足はトマトのように肉を潰し、その牙は小枝をへし折るように骨を噛み砕いた。それだけでも脅威であるのに、魔人はその合間に息吹を織り交ぜた。至近距離から放たれる息吹は、男に虹の衣で防ぐ暇を与えなかった。
男は裂かれ潰され噛み砕かれ、焼かれ凍てつき腐って、死んだ。
それでも、男は挑んだ。
いくつもの死を超え、あらゆる死を超え、それでも男は挑んだ。
何十年と経ったある時などは――
男の死角から魔人は尾を伸ばし、男の体を絡め取った。
身動きを封じた男の顔を、魔人は両手でわしづかみにするや、男の口へ接吻した。
これまでにない行動に男は目を丸くし、すぐに大きく見開いた。魔人は、男の口へ直接、瘴気の息吹を流し込んだのだ。
これに勝る苦しみはきっとなかろう。胃が、肺が、あらゆる臓腑が生きながらにして腐り落ちていく。唯一無事な脳に、絶後の痛みと苦しみが襲い掛かる。
口を塞がれ悲鳴さえ上げられない男が身じろぎして暴れまわる。もちろん、魔人の拘束はびくともしない。
男にとっては永遠とも思われる数分が経った後、男は絶命し、霧散した。
数十年という年月、圧倒的な実力差、そして、これ以上ない絶望的な死――もはや心は折れただろうと魔人は思った。
それでも、一年後、男は魔人の前に立った。
たび重なる死を乗り越え、男はわずかずつ、しかし着実に魔人との差を埋めていった。
魔人にはその様が、この戦いが――この上なく面白かった。
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