時を経て、ついに届く

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時を経て、ついに届く

 五十年が経った。  最初は若き青年だった男も、今や老人といっていい。髪の大半が白く、顔には深い皺がいくつも刻まれていた。しかし、その老いた身からは闘気が湧き立ち、魔人に向けて放たれている。その鋭さは、魔人でさえも戦慄するほどに研ぎ澄まされていた。  男が身にまとうのは至宝の数々。手には幾千の竜の血を吸ったと伝わる赤き大槍を、背には古竜の大牙を削り出して作り出された大剣を、そのほか世界を巡ってかき集めた道具や装飾品を装備している。  対峙した二人に、もはや口上はない。  男は、すべてをもって魔人を殺すのみ。  魔人は、すべてをもって男を殺すのみ。  なすべきことはそれだけ故に、互いの間に言葉は無用。  男が槍を両手で構えて襲いかかり、魔人が両腕を広げ迎え撃つ。  これまでの戦いで近づけば不利と学んだ男は、槍の届くギリギリの間合いで突きの連撃を放ち続ける。  竜殺しの大槍は、魔人の鱗でさえ容易に傷つけ、貫く。魔人は槍を捌きつつ距離を詰めようとするが、そのたびに男は下がって間合いを開ける。  魔人の身に、いくつもの傷が刻まれていく。  らちが明かぬと踏んだ魔人が、男を捕えようと尾を伸ばす。  それは、男にとって幾度も身に受けた攻撃。  右足を狙って迫りくる尾を、真上から槍で突き刺した。そのまま地面まで貫き通し、魔人の尾を縫い付ける。  痛みと焦りで魔人の顔がゆがむ。強引に引き戻そうとするが、突き立った槍はびくともしない。  男は槍を手放し、背の大剣を抜いて大きく踏み込むや、尾をめがけて一刀両断に振り下ろす。  粘性の高い竜血をまき散らしながら、魔人の尾が半ばあたりで断ち切られた。  反動でバランスを崩した魔人へ、男はすぐさま大剣を構え直し、斬りかかる。  苦し紛れに、魔人は瘴気の息吹を放った。それも男は読んでいる。男は横っ飛びに射線から逃れ、間合いを詰めて大剣を一閃する。  古竜の大牙は、竜の鱗や皮膚に対し格別の切れ味を見せる、竜の魔人を殺しうる希少な業物のひとつ。  咄嗟に防御した魔人の左腕が、鈍い音とともにちぎれ飛んだ。  魔人の口から苦悶の声が漏れたとき、男はすでに大剣を繰り込み、突きの構えを取っている。  その切っ先が心臓を狙っているのを見て、魔人は回避のために身構え、両足を切断された。  突きの構えはフェイクだった。男は突くと見せかけて大きく剣を(ひるがえ)すと、魔人の足を薙ぎ払った。  支えを失った魔人の胴が、どさりと地に落ちる。  相手は無傷、自分は片腕と両足の喪失という、初めてにして完膚なきまでの敗北。  流れゆく血を、迫りくる死を感じながら、しかし魔人に恐怖や絶望はない。  かわりに魔人が胸に抱いたのは――充足。  唯一無事な右腕を支えに、魔人は半身を起こし顔を上げた。まっすぐに剣を向けたまま、男がじっと見下ろしている。 「ついに、か。長かったな」  男は黙っている。男の目に色はない。念願を果たしたというのに歓喜も充足もなく、色なき瞳で魔人の笑みを見下ろしている。 「言葉もない、か。ならばさっさと終わらせるがよい」  男は無言を通したまま、魔人の双丘へと大剣を突き込み、その心臓を貫いた。
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