苦しい悩み

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「飲んでませんよ? どうしてですか?」 「飲んでるわけないでしょ。清水さんは職員なんだから」  ズキッと胸に痛みが走る。 「だって、わたしと同じだから。体は細いのに顔がまるい。それに一時期太ってたからそうなのかなって。職員さんにもそういう人がいるのかなって思って」   「俺たちと同じだったら、そもそも職員になれないでしょ」   「わたしはそう思っただけ。でも飲んでないならスッキリした」  後ろめたさに胸が締め付けられた後、私はどうやってその場を切り抜けたのか記憶がなく、気が付けば事務所にいた。  ハッとして時計を見れば17時半が過ぎていて、手元にあるパソコンには、サビ管しかやってはいけない書類の画面が開いてあった。それを一から確認していけば、間違ったことは入力していなかったから仕事だけは無意識にでもきちんとやっていたみたい。  はぁ……とため息をつき、手で顔を覆う  まさか、気づかれていただなんて。  本人たちにしか分からない事だから気づかれても仕方がないとは思うが、あの後ちゃんと納得してくれたのかは覚えていないから分からないけど、彼女だけじゃなくて色んな人から暫くは疑いの目で見られることになるんだろうな。  それに私は耐えることが出来るのか不安を抱きながら、こういう雰囲気にさせた彼女にどうしても怒りを覚えてしまう。  彼女は純粋に疑問に思ったから悪気もなく訊いてきたのだろうけど、訊かれたこっちは何かの嫌がらせとか、上司たちが仕組んだのかとか色々勘ぐってしまい、心に余裕など一ミリも残っていなかった。  二度目のため息をつき、仕事の続きをやってこの感情を一旦忘れようと気合を入れる為に背伸びをすれば、不快な笑い声がすぐ側から聞こえてきて、すぐさま上げていた手を元の位置に戻す。そうすれば、ガチャッと荒々しく事務所のドアが開いた。 「終わった?」   「いえ……すみません、まだです」 「相変わらず仕事が遅いわね。引き続きよろしく」   「……はい」   「下っ端なんだから人一倍働かないと。ね?」  唾を飲み込んだから声を出すことは出来ず、俯きながらコクリと頷けば、上司は笑って事務所から出て行った。  数秒後には仲良く笑い合っている声が聞こえてきて、私は力いっぱい掌を握りしめる。視線の先にある拳で机を思い切り叩いてやりたかったけど、いつものように踏み止まってしまう。そんな自分にまた溜め息をついて、仕方がなくパソコンと向き合う。  いっそ、放り出してしまおうかとも考えた。この仕事は私の仕事じゃないわけだし、怒られるのだって私ではないし、監査に間に合わなかったとしても私のせいではない。  色々考えることは出来るというのに、思考とは別に体は動いてしまう。そんな自分が馬鹿馬鹿しくて、きっと今、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべているに違いない。
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