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「弘樹さん」
後ろから猫撫で声で俺の名前を呼んで抱きついてくる後輩の彼女に、俺は「ちょっと」と言っていつものように彼女を引き剥す。
「別にいいじゃないですか」
「やめてっていつも言ってるよね」
「私たち恋人同士なんですから受け入れてください」
「……恋人じゃない」
俺がそう言えば、彼女はいつも怒った表情を浮かべる。
どうしてそんな表情をするのか俺は到底理解が出来ない。
まず初めに、俺は君の恋人にはなれないと言っていた。
そばには居る、とは言った。けれど、君を好きになることは奇跡が起きたとしてもない、俺が愛してるのは弥生だけだから、とはっきり伝えていた。それだというのに、彼女はきっと俺の言葉を忘れてしまっているのだろう。
「弘樹さん」
異様な雰囲気の中、突然名前を呼ばれたから顔をそちらに向ければ、彼女の目は恐怖を覚えるくらいつり上がっていて、俺は眉間のしわを深くする。
あぁ……いつものだ。
「好きって言ってください……」
当然、言いたくない。
でも言わないと彼女は癇癪を起す。
「早く言って! ねえ!」
最初は頑なに言わなかった。でも半年間、この声を聞いていると精神的に参ってくるのも当たり前。
「……好きだよ」
渋々こうやって心にもないことを言っている。
それをまさか、あの時弥生に聞かれてるだなんて思っていなかった。
でも、弥生は気づかなかった。
俺が渋々言っていることに。
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