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ソファの元に行き、クッションを手に持った彼女は今にもそれをこちらに投げてきそうだったから俺は急いで彼女のそばに行き、手に持っているクッションを奪って元の位置に戻す。
目がつり上がったままの彼女の肩に手を置き、ゆっくりをソファに座らせた。たったそれだけだというのに意味も分からず機嫌が良くなった彼女は、満面な笑みをこちらに向ける。そんな彼女を見て、俺は心の中で盛大な溜め息をついた。
自分が蒔いた種だから自業自得だというのに、誰かに八つ当たりをしたい気持ちが俺の中にじわじわと生まれてくる。
「そんな薄着でいたら体に障るでしょ」
近くにあったブランケットを彼女にかけると、彼女はまた俺に抱きついてくる。
「離れて」
「やっぱり弘樹さんは優しいですよね。ますます惚れちゃう」
「……最近、体調はどうなの?」
「え? 大丈夫ですよ。弘樹さんがそばに居るし」
また、同じ返事。
彼女の言葉に不信感をずっと抱き続けている。そうなっても仕方がないと思う。
彼女が言う、余命半年はとっくに過ぎているんだから。
そばに居ると言った日からずっとそばに居たけれど、彼女は一度も病院に行っていない。もう病院に通わないでいいと言われたからなのかもしれないが、体型だって告白してきた時と何も変わらない。会社だって一度も欠勤してないし、辛い表情だとかも一切浮かべたりもしない。
──私だって……私だって、病気なのに。
そんな中、思い出すのはやっぱり弥生で。泣きながら、そして苦し気にそう言った弥生の顔が忘れられない。
あんなに感情を出すのも、一杯一杯な弥生の姿を見るのは初めてだった。
5年一緒にいてもまだ見たことがない姿を見れるんだと、あの状況の中そう思ってしまっていた俺はやっぱりクズだ。
〝別れよう〟
その一言が弥生の口から出なかったことが全て物語っている。
人として最低なことをしたのは俺で、馬鹿な選択をした俺を引き留めてくれたというのに、そんな弥生を無視して家を出てきたのは俺で。あんな眼差し……弥生に向ける立場じゃなかったはずなのに。2日前のことを思い出せば、無性に弥生に会いたくなってくるのも当たり前で。彼女の死と、弥生を失うとじゃ当たり前に弥生の方が重いに決まっていて……こちらを見上げている彼女から目を逸らし、俯いたまま俺は彼女の隣に腰を下ろした。
「もう、終わりにしよう」
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