天と地の差

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 ズズッと一度鼻をすすり、気合を入れる為にいつも先に身支度から済ませてしまう。  着替えをして、それなりにスキンケアをしてからベースメイクをする為に再度、鏡の中の自分と目を合わせる。そこには目の下に酷い隈が出来ている自分の姿があって、思わず顔を背けた。  顔を背けたことによって、私は自分の影が視界に入る。ゆっくりとその影を撫でれば、自分の背中を撫でられているような感覚を覚えてからは、自分の影が目に入ればこうしてよく撫でている。  辛くても大人になると誰もこうやって慰めてはくれないから、自分自身で慰めるしかない。  本当は弘樹に背中を撫でてもらいたいけど、それは夢のまた夢だから。  この家は唯一休める場所だったのに、笑えることが出来た場所だったのに……早くこの家から出て行きたいだなんて、とても悲しい。緩くなってしまった婚約指輪を見ながらそんなことを考えて、深くため息をついてからようやくメイクをし始める。  リップを塗り終わった頃、ふと思う。  私はいつからメイクが楽しいと思えなくなったのだろう、と。  色がついていない自分の唇を見て悲しい気持ちになった私は、また自分から目を背けた。  以前までは、リップを塗るのが楽しくて楽しくて仕方がなかったのに、マスクで隠れるからって薬品リップだけになったのはいつからだったかな……? こうやって、何もかも目を背けないとやっていけない自分があまりにも情けなくて、毎日のように自分がとても弱いという事実を突きつけられて、心臓が縄か何かにきつく縛り付けられてしまったみたいな痛みが走った。  膝に手をついて立ち上がろうとしても弱い私は、中々立ち上がることが出来なかった。  ──お前は一生、こうやって生きていく運命なんだ。  自分の声でも、弘樹の声でもない。けれど、耳元で誰かがそう呟いた気がして悔しかった。ただ悔しかったという気持ちしか生まれない。  だって実際、そうだと思うから。  出口が全く見えない。どれだけもがいても、前へ進んでも、全く光が見えない。  私に救いの手を差し伸べてくれる人など、誰一人としていない。頑張ったねって、辛かったねって、そう言ってくれる人も、弱音を吐き出せる人も誰一人としていない。  私は独り。  結婚したとしても、この先ずっと独り。  ──独りぼっちだ。
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