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【1】異質なる者
〜渋谷区松濤〜
久しぶりに休暇を取った稲村 和樹。
妻の瞳は、朝食の準備をしている。
夫は稲村総合病院の院長、妻はチーフ看護師。
2人揃っての休暇は珍しい。
「おはよう瞳。美波はまだか?」
「おはようカズ。私たちが休みだから、のんびりしてるんじゃない?」
「そうか、不規則な私達の食事や生活の面倒をみてくれてるんだ、今日はのんびり休ませよう」
藤堂 美波。
身寄りのない彼女と、ある事件で偶然出会った。
それ以来家族として、3人で生活している。
いつも2人のシフトを確認し、家事を全て完璧にこなしてくれていた。
新聞を広げ、テレビをつける和樹。
「おっ、やっと煽り運転の事件が解決した様だな。全く近頃のSNSには、困ったもんだ」
「何言ってんのよ。カズも病院をPRしてるじゃない。フォロワーや口コミを気にしてるくせに」
「いや…あれは広報部門が勝手に💦」
瞳に隠し事はできないな…と、痛感した。
実際のところ、評判の良い病院の上位にいる。
ふと、テレビのニュース番組が、慌ただしくなるのが目に入った。
『え〜番組の途中ですが、たった今入った情報によると、つい先ほど霞ヶ関の警視庁北側で爆発があり、炎上しているとのことです。詳細な状況はまだ分かりませんが、この爆発の影響で、現在東京メトロ有楽町線は桜田門駅手前で運転を見合わせ、国道20号線の内堀通りは通行止めとなっています』
「また爆破テロか? いよいよ日本の治安も、崩壊の危機を迎えたか」
「被害が気になるわね。場所的には、うちへの搬送はなさそうだけど…大丈夫かしら?」
「朝の通勤時間帯を少し過ぎてるのは、不幸中の幸いか、犯人の狙いか? まぁ、何か必要なら連絡が来るだろう」
数日前には、新宿の東京都庁第二本庁舎で爆発があり、稲村総合病院にも何人かの被害者が搬送されて来たのであった。
「心配しても仕方ない。万一連絡が来る前に、朝飯を済ませておこうか」
医療従事者として、こう言った事件や事故には、つい過敏に反応してしまう2人。
「そうね。もう準備できるから、美波を起こしてきて。まぁ…無理にとは言わないけど」
全てを完璧にこなす美波。
料理の腕も上達し、たまに作る瞳としては、少々自信を失いつつある。
その顔には、和樹も気付いていた。
「瞳の料理は最高だ。愛情がこもってるからね」
「えっ?…バ、バカなこと言ってないでほら💦」
笑いながら2階へ上がって行く和樹。
照れながらテーブルに配膳する瞳。
それが終わった時。
「瞳、大変だ❗️」
叫びながら、音を立てて降りて来る。
案の定、足が滑って4段ほど滑り落ちた。
「痛てて…」
「大丈夫? 院長が自宅で怪我なんかしないでよ」
「そんなことより、コレだ! 美波がいない!」
部屋をノックしても返事はなく、中へ入った。
布団や小物に至るまで、整然と片付いた部屋。
「机の上に置いてあった。いてて…」
差し出された紙を受け取り、目を通す瞳。
『私は、藤堂美波。
今まで一緒にいてくれて、ありがとう。
普通の人になれた気がした。
でも、稲村美波にはなれない。
2人はとてもいい人です。
だから、ここは私の居場所じゃない。
私は決して、いい人ではないから。
それに。
ついにその時が…来ました。
2人のことは忘れません。
でも…私のことは、どうか忘れてください。
私は、藤堂美波。
さようなら 』
「カズ、これは⁉️」
「どういう意味か良く分からないが、美波は行ってしまったんだ…自分のいるべき所へ」
床に力無く座り込んだ和樹。
美波が、普通の人間ではないことは知っている。
いつかはこんな日が来ると感じていた2人。
「瞳、警察に連絡を」
そうなった時の連絡先は決まっていた。
立証できず、またその理由から、情状酌量となったものの、刑事の戸澤や数名を殺害した美波。
「もしもし、稲村と言います。刑事課の鳳来刑事をお願いします」
「少々お待ち下さい。今、別の事件で…」
「藤堂美波が消えました。緊急でお願いします」
受付の伊東 美和。
言葉を遮られたが、その緊急さを理解し、直ぐに刑事課に繋いだのである。
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