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彼は1人、窓際のカウンターに座っていた。
1つ深呼吸をして、近寄るラブ。
「お待たせしてすみませんでした、真純社長」
「いえ、ひと段落ついて、この東京を眺めていました。初めて来ましたが、良いところですね」
「ありがとうございます。いつでもご利用下さい。フリーパス登録をしておきますので」
隣に並んで座るラブ。
「最初に…ですが、忙しくてお礼を申し上げるのが遅くなって申し訳ない。息子の雅を守って頂き、本当にありがとうございました」
「いえ、予想もしていない結末でしたが、正常に戻れて良かったです。元気にしていますか?」
凶悪犯罪者の、雅と名乗った人物は消えた。
警察も世間も、まさか1才足らずの赤子が、あの当人とは考えられず、お咎めも何も論外とし、父親の高嶺真純に引き渡されたのである。
「ええ、新しい乳母も見つかり、執事の八角が、とても可愛がってくれています」
「それは良かったですね…」
運ばれて来たカクテルを一口。
ラブの表情の変化に気付いた真純。
「それで、ご用件とは?」
「今回の騒ぎは、草吹甲斐の犯行で始まりました。しかし、彼には東京を支配する気など、最初からあるはずはない」
「ほう、ではなぜ犯行を? 雅に操られたとか?」
「それがずっと疑問で…。でも、答えは単純なもの。新龍会の神林は、会長の椅子と、妹の復讐が目的でした。雅と繋がっている甲斐を利用し、帰国した雅は甲斐の指示に従いました」
「新龍会ですか…神林と言う者の内通者が、我が社にいたことは誠に残念でした。また、妻も通じていたとは、気付かなかった私の失態です」
妻の志穂と神林の繋がりは、知らなかった真純。
第一子を処分したことも。
ただ、妻が真澄を高嶺のトップにすべく、野心を燃やしていたのは、当然分かっていた。
「全て貴方を社長にするため。ある意味その執念と、貴方への期待は、妻の鏡と言えるかもね」
ラブの口調の変化。
気付かない真純ではない。
「そう言って貰えると、少し気が楽です」
動じることのない表情。
只者ではない。
「最初に風井英正を使って、政界と経済界をぶち壊し、更には善良な者まで処分した。見事な企みです。官邸に侵入し、あれほどの爆弾を設置するのは、雅の洗脳能力があったからできたもの。でもそこで、甲斐に誤算が生じた」
「誤算?」
「甲斐が造り出したもう1人の存在。雅とは何かで繋がっていて、その犯行を知り、ギリギリで眉村首相を助けた。この存在が大きかっ…まさか」
話して初めて気付く違和感。
天才的な甲斐が、それを知らないはずはない。
「甲斐は知ってて、首相を助けさせた。爆弾の位置も。万一に備え、シェルターの近くに首相がいることを知った上で…」
「そんなところまで? しかし、首相は1番の標的ではないのですか?」
「そうでは無かった。全て計算の上で…」
さすがに犯人の巧妙さに驚くラブ。
「しかし、ただの偶然でしょう。そんな極秘情報を甲斐や神林が知っている訳がない」
「確かに。そうですね」
あっさりと認めるラブ。
「次に狙ったのは、たくさんの路線と繋がっている山手線。東京は、行政の中枢である内閣府を失い、更に都民の中心的な移動手段も失った。当然、都民と国のために、早期復興が必要となる」
「本当に、全く酷いものでした」
うなずきながら合わせる真純。
「この爆弾を仕掛けたのは、草吹甲斐です」
鞄から、何枚かの写真を取り出して並べる。
駅と周辺のカメラが写した、甲斐の姿であった。
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