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依頼主とアーミラリ天球儀
小さな町の古道具屋「紅柄」に、アーミラリ天球儀の鑑定依頼が入った。
店に到着した依頼主が実物を見せると、店長の紅柄耀はそれが普通のものとは違うことに気付く。
アーミラリ天球儀というのは天体の動きを見るためのもので、赤道や黄道を表すリングの奥、中心には地球か太陽がある。
天動説に基づいたものは地球、地動説に基づいたものは太陽が中心になっているのだ。
ところが、このアーミラリ天球儀の中心には、地球でも太陽でもない、青緑色をした光り輝く天体が中心に据えられている。
「僕、外国語が分からなくてですねえ」
紅柄耀は、海外の古物を扱うことがほぼない。
目の前に差し出されたアーミラリ天球儀を眺めながら、英語とも日本語とも違う言語の羅列に首をかしげた。
「この、中心の惑星が何なのかも分かりません」
「あ、中心にはラテン語で『別の世界』と書いてあります。いつ頃作られた、どんなものか分かればと思ったのですが……」
依頼主として現れた白髪交じりの男は、古家具の溢れる店内で耀に視線を向ける。
なんだか難しい顔をして、じっと天球儀を睨んでいた。
「いや、それがですね……いつ頃のものかを知るのに言葉が引っかかるっていうか」
耀はパーマのかかった明るい色の髪を左手でぐしゃぐしゃとかき混ぜるようにして「うーん」と唸ると、アーミラリ天球儀を白い手袋で持っている依頼主を前に、眉を下げた。
「これが日本の渾天儀でしたら、簡単なんですけど……」
「渾天儀でないと難しいのですか?」
「アーミラリ天球儀も渾天儀も物としては同じです。以前は日本も暦が太陰太陽暦でしたから、渾天儀で月の日数を決め、その年によって閏月を設けたりするのに使われていました……」
「これは海外で作られた物で間違いないのですか?」
カウンターを挟んで向かい合っている。
耀は、夜中に動き出しそうな輝きを持つ天球儀をじっくりと見て、そしてうなずいた。
「年代的にはかなり古いもので、日本製ではありません。アーミラリ天球儀が初めて作られたのは古代ギリシア。そこから天文学の発達したイスラム社会で発展しましたが、恐らくこれはルネサンス時代のヨーロッパ辺りで作られたものではないかなと」
「どういったものかは分かりませんか?」
依頼主は壮年の男だった。眉を上げて額に皺を浮かべると、そっと、アーミラリ天球儀をカウンターの上に置く。
今日は400km離れた場所から耀を訪ねてきた。
古物鑑定で国宝の詳細を次々に明かしたらしいという噂を聞き、謎を明かせないかと考えたのだ。
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