4.思惑が動く時

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4.思惑が動く時

 ◇ 「ああっ、くそっ。また白くなった! 難しすぎる!!」 「だから、ろうそくの火の、炎心から内芯くらいの温度に(たも)ってってば」 「そんなわけのわからない加減が出来るか!!」  エルマーと暮らし始めて一か月。  教会の代わりに、光差し込む古代宮殿でふたり。  純白のドレスで、厳かな結婚式を挙げた私は、ずっとやってみたかったことのひとつを今、(エルマー)と試している。  ずばり、紫水晶を加熱して、黄水晶を作るのだ!!  実は私は、石が大好きだった。  鉱物も宝石もこよなく良いと思っているが、正直、あまり詳しくない。  それでも読んだ書物の中で、ずっと心にかかっていたのが、この色変化。  しかし高価な宝石である紫水晶を実験に使うなんて、そんなこと、下界ではとても考えられなかった。  でも地下宮殿の周囲には、大きな原石がゴロンゴロンと転がっている。  そして竜であるエルマーは、火を操るに長けた種族だった。  口から吐くだけでなく、魔力でも炎を出せる。  そんなわけで私がエルマーに持ち掛け、ふたりで水晶の色を変えるというミッションに挑んでいた。  エルマーの父竜は、イェルク山をエルマーに譲り、生まれたての火山に向かったという。  それで代替わり。  生まれて長いのに、いつまでも成竜にならないエルマーを独り立ちさせようという目的もあったらしい。  ……エルマー、何歳なの?  地下宮殿には一通りの生活用品が揃っていたけど、エルマーは鉱脈から金のかけらを持って里に降り、私のための服や装身具、食べ物を仕入れてくれた。  角がわかりにくくなる、例のぶかぶかフードをかぶったエルマーと手をつなぎ、私は街歩きと旅行とデート気分を味わった。里には温泉まであって、至福の時を過ごした。  私たちは交流を重ねながら、互いの理解を深め合っていった。 「やった! 出来たぞ! これでどうだ!!」 「すごいわ、エルマー! 半分だけど、紫水晶が黄色くなってる!!」  大きな石ではなく、小さな粒でやってみたのが功を奏し、ついに紫水晶は、半分が黄色く変わっていた。 「きれい……。エルマーの暗紫の髪と、金色の瞳みたい」 「俺は、マルティナの金糸雀(カナリア)みたいな髪色と、瞳の色だと思った。好きだ、マルティナの薄紫色の瞳。優しい夜明けみたいで」 「そんなこと言って貰ったの、初めてよ。嬉しいわ。ならエルマーの瞳は、鮮烈な朝日ね。力強くて、希望に満ちてる」  私たちはふたりで顔を合わせて、肩を揺らして笑った。  近づいたおでこがくっついて、もうずっと仲良しだったみたいに、自然に笑いあえる。  私は現在(いま)に、満足していた。 「! 痛っっ」 「どうした?」 「……石で、指を切っちゃった」  バイカラーの水晶を、迂闊に扱ってしまったらしい。   「見せてみろ。ああ、血が出てるじゃないか」  ちゅぱっと、あまりに自然に、エルマーは私の指先の血を吸った。 「エエエエ、エルマぁぁぁ」  真っ赤になって慌てる私を上目遣いでチラリと眺めた、いたずらめいた眼差し。  私が照れると…… 「わかってて、舐めたわね~~!!」 「あはははは。こんなことで照れるなんて、どうなんだ、マルティナ!」  彼はひとしきり大笑いしながら、殴る真似をする私を、腹を抱えながら避けて言った。 「まあでも、危ないな、これは」  そう言って、石の破片をきゅっと片手で包み込む。  次に開いた時に石は、角が取れて楕円形になっていた。 「初めて成功した記念に、石に俺の魔力を込めた。マルティナが持っててくれたら、嬉しい」 「ありがとう……、エルマー」  エルマーからのプレゼントに、私は心からの笑みを返し、握りしめた石は後日革紐でペンダントとして、胸元で揺れることになった。 (これが幸せというのね)  私は日々が、楽しかった。  ◇  その頃、王都では。 「一体どうなってるんだ、ナディア。データが古いままじゃないか。取り出した資料が、まるで役に立たなかったぞ。こんなことでは、国政に障る」 「えっ」 「ちゃんと毎日、データをインプットしてるのか? 更新しないと意味がないことくらい、わかるだろう?」 「ま、毎日? データの入力担当は誰です? その方がさぼって……」 「きみの仕事だ。当たり前だろう? 専属担当者なんだから。前部署から正式にこちらに移ったんだから、いつまでも兼任気分でいたら困るよ」 「で、でも、一日分でもすごい量ですよ?」 「出来るはずだ。あのマルティナでさえ、こなせてたんだぞ。有能なきみだったら、もっと早く、良い成果を出してくれると期待してたんだが」  過去形での表現。期待外れだと、言われたも同然。  いまや上司となり、甘いだけではなく厳しく接してくるユルゲン伯爵に、ナディアは戸惑った。  貴族である彼は、下の者を使うことを当然としている。  無茶で無理なことも平然と命じるし、出来なければ腹を立てるのが、ユルゲンという男の常だった。  だがそれを置いておいたとしても。 (あ、あの量を毎日(さば)いてた? マルティナ義姉(ねえ)様が?! バ、バケモノなの? 深夜とはいえ帰宅してた……朝でも無理でしょお?)  ごくり、と息を呑む。  到底、常人がひとりでこなせる業務ではなく、数人がかりでも時間がかかることは明白。  押しつける方も押しつけるほうだ。  けれどそんなことをユルゲンに言うわけにはいかない。ならばこの場合、前任者に責任を押しつけて凌ぐのが上策。  素早く頭を巡らせたナディアの口から、根も葉もない言葉が(すべ)り出した。 「そ……。そうですわ、お義姉(ねえ)様です! お義姉(ねえ)様が後任になる私が気に入らなくて、システムにおかしなロックをかけていったのです。おかげでまるで、はかどらなくて!!」 「何、マルティナが?」 「はい。私も皆様にご迷惑をおかけしていて心苦しいのですが──。ロックを解除して貰わないことには、どうにもなりませんわ」  ナディアは困ったように頬に手をあて、(シナ)を作った。  魅惑的な肢体が強調され、思わずユルゲン伯爵の視線が動く。 「だが、マルティナはとっくに竜に食べられている頃だろう……。待てよ、里での目撃情報が上がっていたな」 「まあ、竜から逃げ出したのかしら」  女性らしい仕草で、ナディアの指先はユルゲンの目を、自身の可憐な(くちびる)へと導いた。  よく手入れされた爪とリップが、艶やかに光る。 「いや、どうもそうではないらしいが……。ふむ。そう言うことなら、仕方ないな。今夜ふたりで、じっくりと、仕事の対策(・・・・・)を練ってみよう」  こうして数日後、その対策が国王に奏上されるやいなや。 「イェルク山の竜は代替わりして、まだ幼い。"花嫁"にはもっと年若い娘をあてがうこととし、マルティナ・ロストンは連れ戻すこととする。マルティナという女の逆恨みで国事が滞るなど、あってはならん」  現ヴルカン王国始まって以来の愚策が、一方的な宣言のもとに下されたのだった。
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