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5.望まぬ再会
◇
「エルマー、果実水を作ったのだけど一緒に飲む……。また、寝てるの?」
エルマーは最近、よく眠るようになった。
起きてきたと思っては、いつの間にか丸くなり、すやすやと寝息を立てている。
彼の整った顔かたちに暫く見惚れながらも、首を傾げた。
(成長期かしら)
そういえば風邪のようにハスキーだった声もいつの間にか、一段、低くなっている。背も伸びたような……。
そっと彼に毛布を掛けながら、私はキノコ狩りに、地表に出ることにした。
山裾の森に、たわわな木の実とたくさんのキノコを見つけ、驚喜したのがつい先日。
ついついエルマーと楽しく遊んで後回しになっていたけれど、今日は良い機会に思える。
「ちょっと出かけて来るわね」
聞こえてないだろうけれど声をかけ、地下宮殿を後にした。
「ふふふっ。籠いっぱい採れちゃった」
たくさんの収穫に、思わず頬が緩む。
料理は、エルマーのところで少しずつ勉強中。
彼は竜だけあって、こまめに食べなくても一度の大量摂取でエネルギーを蓄えることが出来るらしい。
丸ごとのイノシシとか、丸ごとの鹿とか、丸ごとの……、うん。それで長期間食べなくても全然平気らしいけど、私はそうはいかない。
それで最初の頃は、里で肉と料理を交換して貰っていたけど、自分でも真似て簡単なものを作ったら、彼に大感激されたのだ。
あまりの大喜びぶりに、私も嬉しくなって、じゃあもっといろんなものを、とレパートリーを増やして来た。
(今日は何を作ろうかな──)
「見つけたぞ!!」
「えっ」
突然の太い声に驚いて振り返ると、武装した兵たちが、数人。
非友好的な空気を発しながら、私を見ている。
「えっ……?」
(イェルクの山は、許された者しか入れないよう、エルマーが結界を張って……。ここは、山じゃない!!)
気がつくと私は、いつの間にか山の境界から出てしまっていた。
「お前がマルティナ・ロストンだな。捕縛命令が出ている。大人しく従え」
「なんっ──?!」
突然のことに、理解が追いつかない。
「何かの間違いでは? 私は命じられた通り、竜に嫁いでます」
「罪状は"国の業務を意図的に妨害した"ということだ。詳しいことは、王都で聞こう」
ますます身に覚えがない。それに。
「王都ですって?! ここから離れすぎてます。まずは竜と……、夫と話をしてください」
「問答無用! こちらも命じられた期限を過ぎている! お前が見つからなかったせいだ!!」
「そんな滅茶苦茶な! いや! 放して!! きゃああああ!!! エルマぁーっっっ!」
苛立つ兵士に強引に捕らえられた私を、王都で待っていたのは、もう顔も見たくないと思っていたかつての上司。ユルゲン伯爵だった。
縄で拘束され、引き出された先は王城の一室。
乱暴に床に投げ出された私に、ユルゲン伯爵はとんでもないことを言い放った。
「久しぶりだな、マルティナ。いきなりだが、システム入力の仕事が滞っている。お前の構築したシステムは、他の者には扱えなかった。そこでお前に、職場復帰をさせてやろう。これは王も了承済の決定事項だ」
「はあ?!」
(この人、気でも触れたの? 私はとっくに退職して、しかも竜に嫁いでいるのに??)
「強引にこんな真似をして、何を言うかと思ったら……。エルマーが……、イェルク山の竜が怒りますよ! 竜を怒らせてはいけないということは、子どもでも知っている話なのに」
「そうだな。竜は怒るだろう。黙って逃げ出したお前に対して」
「!!」
(攫っておきながら、私が逃げたことにするって言ってるの?!)
「そこで我々は、詫びを兼ねて新しい"花嫁"を贈り、お前のことは罰として一生王城で酷使させる。そう竜に持ちかけて、これからも良好な関係を築くつもりだ」
「一生……?」
「守護竜の"花嫁"という国の大切な役目を放棄し、逃亡するは重罪。システム改変で国政を妨害したのも重罪。お前は罪人確定で、その時点でロストン家からは縁切りされている。平民が王城で働ける栄誉を、光栄に思うことだ」
「何を……言っているの……? あなた方は! 何を言っているの!!」
私の知らないところで、私を好きに扱い、貴族の権利を奪ったうえで虐げるですって?
システムは誰にだって使えるはずよ。
完成済だから、データを入れていくだけですもの。
そのうえ元々は強引に私を竜のもとに送り込んだくせに、今更な変更が通るとでも?!
私のことだけではない。
竜を敬うふりをして、見下している舐めた態度。完全に頭に来た。
クラクラするほどの怒りを覚えたのは初めてで、目の前が暗くなりかける。
「竜を馬鹿にしないで!!」
バリン!!
炸裂した怒りと同時に。
部屋に置かれていた花瓶が、割れた。
「──え?」
間を置かず、強い揺れが王城を襲う。
「なっ、なんだ」
「地震!?」
激しい揺れは天井のシャンデリアの遠心力を試し、長椅子の踏ん張りに試練を与えた。
ピシリ、と窓のガラスに亀裂が入る。
「これはまさか……、イェルクの山が揺れたのか?」
一時的な横揺れが鎮まると、捕まっていた調度品から身を離したユルゲン伯爵が呟いた。
(エルマー? でも)
うかがうように、私も伏せた身を起しかけた時、庭から叫び声が上がった。
「!!」
「竜だ! 若い竜が、王城の上空に来たぞ」
──ヴルカンの王に伝える。早急に我が花嫁を返せ。その上でなら、申し開きを聞いてやる──
それは、今までに聞いたことのない、低い男性の声だった。
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