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6.玉座にあるのは
◇
私が連れ出された大広間には、貴族たちが居並んでいた。
私との縁を切ったらしい父ロストン子爵と、義妹のナディアが末席近くに。
少し上手にティバルト様の父君、オルラウ伯爵。
ティバルト様の姿はない。
上座に近い場所に……、国王?
(じゃあ玉座には誰が?)
見ると、長い脚を組み、尊大に腰掛ける竜人が当然のごとく態度で座している。
暗紫色の短い髪に、鋭い金色の瞳。頭の双角。
どの色もエルマーにそっくりで、顔立ちもよく似ていたけれど。
(私のエルマーは、こんなに育ってないわ)
かといって父竜というには若すぎる、人間では十代後半の精悍な青年が、不機嫌さを隠そうともせず、広間中を威圧していた。
「マルティナ!」
突然、私を見て声をあげる。
「???」
見知らぬ竜人から親し気に呼びかけられて、疑問を抱く間にも、青年は国王をキッと睨み、王からは上ずった声が発せられた。
「は、早くその娘を竜のところに」
背中を押されて玉座まで押し上げられ、青年の横に立たされた途端、がばっと腰を引き寄せられた。
「きゃ!」
私が立っているため、相手がお腹に顔を埋めてきて、何が何だかかかかか。
「ああ。マルティナ。無事で良かった。石に込めた魔力を辿るのが不慣れで、こんなに待たせてしまって悪かった」
「──?」
言っていることは、エルマーそのものなのだけど。
「もしかして、エルマー?」
「当然だろ! 誰だと思ったんだ」
なぜ、当たり前みたいに言い切るのか。
見た目の年齢が、まるで違うくせに。
それでも拗ねたような表情は、見慣れたエルマーのもので。
「エルマぁぁぁぁぁ!!」
迎えに来てくれた彼を抱きしめ返して、私は心底安心した。
良かった。新しい花嫁を迎えてなくて。
私のことを探してくれて。
「なんでこんなに育ってるの?」
「成竜になったんだ。こないだマルティナの血を舐めて、変化のスイッチが入ったらしい。寝続けるうちに、育った」
(……って、それにしても短期間すぎない? 血ってまさか、石で指を切った時の? "娘の血"。あんな一滴で効くの??)
今更ながらに、竜の生態には驚かされる。
聞けば、私が攫われたのも気付かないくらい深い眠りに落ちていた彼は、それでさらに初動が遅れたらしい。
地下宮殿にも、山の結界内にも私の気配がなく、微かに残った揉み合う足跡と魔力石の痕跡から、事件に巻き込まれたと察知して、私のことを追ってくれたそうだ。
位置を特定してからは、翼でひと飛びだったらしいが。
ふたりで会話を重ねていると、声が横から割って入った。
「イェルク山の竜よ。用が済んだなら──」
「──は?」
エルマーは火山の竜じゃなくて、氷山の竜だったかしら。
そうだと言われても納得する程の凍てつく視線が、国王に向けられた。
「俺の用はこれからだ。俺と俺の妻に、よくも無礼を働いてくれたな」
「無礼などとんでもない。我々は何も」
「何も? してないと言い張る気か? 申し開きなら聞くと言ったが、誤魔化そうとするなら問答無用で処断する! 俺は気は長くない!」
「ヒッ」
国王が出して良い声ではなかった。
私はすっかり自国の王に愛想が尽きていたし、後ろに並ぶ廷臣の皆さんにも、特に情感を感じない。
だって私、捨てられたし。
一方的に忠義を尽くす気持ちには、なれなかった。
「マルティナ。こいつらをどうしたい?」
「どうにも。エルマーと帰れたら、私はそれでいいわ」
「本気か? マルティナの価値もわからず、虐げてきた連中だぞ?」
「めちゃくちゃ腹は立ったけど。エルマーが来てくれなかったら、一生罪人として過酷な労働をさせられるところだったけど。乱暴されたし、実行犯には特別に反省して欲しいけど。私は自分が何の貢献もしてないのに、誰かの力を使って他人を振りまわすというのは、好きじゃないもの」
それをすると、嫌いな女がやってたことと、同じになってしまう。
「俺を成竜にしたという功績は、なにものにも代えがたいことで、歴史にも刻まれるべき偉業なんだが」
(……エルマー? その言い方だと、別の意味にも受け取れちゃうのは私がやらしいの?)
「そ……! あなた様が成竜になるための"花嫁"を提供したのは我々です、イェルク山の竜よ!!」
よせば良いのに、国王が口をはさむ。
普段周りが合わせてくれるため、場を読むということを知らないらしい。
「その大切な花嫁を拐かしたのもお前たちだ、人間!」
「ヒィィィッ」
「だが……。なるほど、そうだな。その功、認めてやっても良い」
ニヤリ、とエルマーが不敵に口の端を歪めた。
「お前をこの国の代王……。つまり、代理の王に任じてやる」
「……へ?」
国王があっけにとられた顔をした。
それもそのはず、現在、国王は紛れもないこの国の王で、代王となれば明らかな格下げ。
あらゆる決定権を、他者に握られるということを意味している。
「な、何を」
「何を? 貴様、まだわかっていないのか? 俺の認識では、玉座に座る者が"王"だ。お前の前で、いま玉座に在るのは誰だ」
(エ、エルマー?)
流れるように国を乗っ取る。
私はこんなエルマーを、見たことがなかった。
居るだけで強大な力を感じさせ、人の姿でありながら、竜の恐ろしさを感じさせる圧倒な存在感。
(成竜になるって、全然違うことなのね)
しかも現在、とても怒っている最中である。
演技かな~~、とも思ったけど、間違いなく怒っている。
私にはわかる。これは、大切なものを取られた時のエルマーだ。
私が彼のプリンを食べちゃった時の、一億倍以上は激怒していると思う。
ぬるま湯に浸かるような生活をして来た国王や貴族の精神では、太刀打ち出来る相手ではなかった。
案の定国王も、それ以上何も言えないでいる。
たったいま王の座から引きずり落とされたにも関わらず、だ。
「皆、聞いたな? 今日、これよりこの国の王は、この俺だ。不要な人間は即座に追い出すから、そのつもりでいろ。人事は我が妃に一任する。自分たちの主が誰か、しっかりと心に刻め!」
一斉に、視線が私に集まった。
エルマーのいう"妃"が私だと、そう認識されたことになる。
(ええええええ……)
宮廷に関わるなんて面倒臭い。正直、そう思った。
諸侯にもさすがに、飲めなかったらしい。
エルマーの圧に怖じず、大胆にも声が上がる。
「恐れながら! 発言をお許しいただきたい」
(オルラウ伯爵……!!)
ティバルト様の父君。
もしかしたら義父になっていたかもしれない人物が、エルマーの促しをもって言葉を続ける。
「元子爵家のご令嬢なれば、諸侯の事情や領地の情勢など明るくないことでしょう。その女性に人事を委ねられると、いたずらに宮廷が混乱することは必定。竜にはヴルカンの崩壊をお望みか」
……国王陛下の擁護じゃなく、私に対する不信のアピール。
わかるわ。
私の国での評判はナディアの誇張もあって、とても悪いもの。
仕事をさぼってばかりの、無責任な遊び人。
以前の私なら、ここで小さくなって辞退を申し出ていた。
人事なんて、やりたくないし。
でも、私は懸命に働いてきたと自負している。
照明するならば、いま。
「マルティナ、彼は?」
「ヴルカンの南西を領地とされるオルラウ伯爵です。主要都市はテーハ、領地内の城と要塞は全五基。うちブライ城は機能されていません。人口は……」
家系の誰がどの家に嫁ぎ、年間の小麦産出量、特産品、困っている災害に経営方針。
「──近年、特に商業に力を入れていらっしゃいますが、街道の整備が間に合わず、また隣接のバーム領と折り合いもあり、思う成果が出せていらっしゃらないようです」
聞かれてない情報まで語る。
でもここまでは婚家となる予定だったからと、思われることもあるだろう。
だから、ついでだけど。
「隣にいらっしゃるビス侯爵は、王国内で八番目の面積となる領地を保有され……」
エルマーが止めるまで続ける勢いで、次々に各家について話していくと、広間内が驚きに包まれていく。
きっと下位貴族の小娘にここまで把握されているとは、想像していなかったのだろう。
哀しいことに、王城のデータに入っていることは、あらかた私の頭にも入ってる。
家々の弱点をさらけ出してあげてもいいのよ?
噂の真偽も確かめず、女ひとりを悪女に仕立て、都合の良い"イケニエ"に選出した貴族家の皆様。
……どうやら私はヴルカンの宮廷に対して、自分で思う以上に鬱憤がたまってたっぽい。
延々と続く提示を、エルマーが手を挙げて制した。
楽し気な視線を、さっとこちらに投げかけた後、愉快そうに広間を見回す。
「我が妃は、十分すぎるほど国の事情に精通しているように思えるが?」
「失礼……いたしました」
オルラウ伯爵が硬い表情でそれだけ言って、あとの言葉を飲み込んだ。
その胸中に何を抱いたのか、私にはわからない。
「これほどの宝を"ハナヨメ"として我に差し出したヴルカンの忠義、嬉しく思う」
(ノリノリね? エルマー)
しっかり嫌味まで混ぜ込んで、王様ムーブが様になっている。
誰も彼が、つい数日前までほんの子どもだったなんて思いもしないに違いない。
そう思っている私を、突然の驚きが襲った。
列からひとり、貴族が出てきたのだ。
揉み手をせんばかりの愛想笑いで、玉座に近寄って来たのは、父だった男、ロストン子爵。
誰の許可もないまま、勝手に話し始めた。
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