梅の実

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 はじめておじいさんに出会ったのは半年前の事です。その頃わたしは、まだ、人への恐怖を克服したばかりでした。図書館へ通うだけでヘトヘトで、出会う人全てに怯えていました。本を席まで運ぶ際、近くに立っていたおじいさんにぶつかってしまいました。おじいさんは、わたしを大声で怒鳴りたて、とても不快でした。せっかく克服した対人恐怖もぶり返しそうでした。  しばらく後、おじいさんを近くのスーパーマーケットで見かけました。おじいさんは、娘と思しき女性と、その子どもと3人でした。娘は、おじいさんのことを、相当嫌っているようでした。 「気安く子どもに触らないで欲しいわ!あんたはあたしに小遣いさえくれたらいいんだからね」    その光景を見てから、わたしは図書館で、おじいさんの向かい席に座るようになりました。 「まったく、今どきの若えもんは、どいつもこいつもくだらん」  そう毒づくけれど、口元は嬉しそうに、ちょびっと笑っていて、それがわたしは嬉しいんです。 「今日は、庭の梅が、実をつけてくれたのよ」  ビニールから梅の実を取り出し、そっと机に載せました。そして、そのまま席を立ちます。案の定、おじいさんは、ふんっと鼻を鳴らしつつも、梅の実をポケットに滑り込ませてくれました。  
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