Episode1 跡を残して

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(私の背があまり高くないからかな?) 「フッ、余裕かよ」 「!」  鼻で笑った綺麗な顔が、一瞬にして、唇を奪う。 「んっ?!ん!!」 (犯罪!犯罪!!イケメンでもこれ犯罪だからっ!)  声にならない心の声が、甘い誘惑に打ち勝てたのは数秒だった。  だって、跳ね返そうと暴れる私に触れる手は、そこはかとなく優しくて。 「ンっ……」  奪うようにしてきた癖に。触れる口付けは、蕩けるほどに柔らかい。  驚き開いた(まぶた)の先で、一瞬合った眼差しは、物欲しそうに私を見てた。 「っ!んっ……」  次の瞬間、生温(なまあたたか)い舌が柔らかいキスで(ゆる)んだ咥内(こうない)に入ってくる。  彼の片手が頬に添えられ、月明かりの静寂(せいじゃく)と人通りのないシャッター街を、二人占めしているかのような錯覚を起こしかけた。 「っはぁ」  一度離れた唇で、文句を言おうと呼吸する。  記憶の(はる)彼方(かなた)以来の口付けのせいで、一人、肩で息をした。十センチほどの距離で、イケメンが満足そうに口角を上げる。 「見物代(けんぶつだい)な?」 「なっ、なんで、こんな?」 「俺がしたかったから」 「!」 (この人おかしい!イケメンだけど、凄いキス上手いけど、だけど、おかしい!!) 「俺は、『幾月(いつき)』。あんた名前は?」 「あ、本居(もとおり) 明日香(あすか)です……」 (って、なんで私答えて) 「明日香、またな」  いつの間にか、解放されていた身体を見()る。 「えっ?!」 (や、やり逃げ?!) 「ちょっと待って!」  背を向けた幾月と名乗った不埒(ふらち)なイケメンのスーツを(つか)む。  あまりの出来事に、私はこの時。生意気(なまいき)な彼から呼び捨てされたことをさらっと指摘し忘れた。 「何?」  振り返り、眉間(みけん)を寄せるその神経が(わか)らない。 「いや、あなた今、自分が何したか解ってる?」 「?」  首を傾げられ、可愛いなと少し思った自分にも腹が立つ。  けどそんなこと、(かま)ってはいられない。  ちゃんと言ってやらなければ気が済まない。  女性なら、誰もが手玉に取れるとでも、勘違いしていそうなこの男に。 「あのね、今のはセクハ「(とろ)けそうって顔、してくれてたじゃん」」 「!」  ほら見たことか。恥ずかしげもなく、そんなことを口に出来る人は、少なくとも私の周りにはいない。  この男が天狗(てんぐ)になってる証拠だ。 「だからって、それでして良いってことには」 「物足りなかった?大人しそうな顔して、案外肉食なんだな」 「なっ!」  手を取って、妙なことまで口走り、イケメン改め最低男は、居酒屋へと姿を消した。  この時は、全く思いもしなかった。  接点なんて、これっぽっちもなさそうな、私たちが再会するとは。
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