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(私の背があまり高くないからかな?)
「フッ、余裕かよ」
「!」
鼻で笑った綺麗な顔が、一瞬にして、唇を奪う。
「んっ?!ん!!」
(犯罪!犯罪!!イケメンでもこれ犯罪だからっ!)
声にならない心の声が、甘い誘惑に打ち勝てたのは数秒だった。
だって、跳ね返そうと暴れる私に触れる手は、そこはかとなく優しくて。
「ンっ……」
奪うようにしてきた癖に。触れる口付けは、蕩けるほどに柔らかい。
驚き開いた瞼の先で、一瞬合った眼差しは、物欲しそうに私を見てた。
「っ!んっ……」
次の瞬間、生温い舌が柔らかいキスで緩んだ咥内に入ってくる。
彼の片手が頬に添えられ、月明かりの静寂と人通りのないシャッター街を、二人占めしているかのような錯覚を起こしかけた。
「っはぁ」
一度離れた唇で、文句を言おうと呼吸する。
記憶の遥か彼方以来の口付けのせいで、一人、肩で息をした。十センチほどの距離で、イケメンが満足そうに口角を上げる。
「見物代な?」
「なっ、なんで、こんな?」
「俺がしたかったから」
「!」
(この人おかしい!イケメンだけど、凄いキス上手いけど、だけど、おかしい!!)
「俺は、『幾月』。あんた名前は?」
「あ、本居 明日香です……」
(って、なんで私答えて)
「明日香、またな」
いつの間にか、解放されていた身体を見遣る。
「えっ?!」
(や、やり逃げ?!)
「ちょっと待って!」
背を向けた幾月と名乗った不埒なイケメンのスーツを掴む。
あまりの出来事に、私はこの時。生意気な彼から呼び捨てされたことをさらっと指摘し忘れた。
「何?」
振り返り、眉間を寄せるその神経が解らない。
「いや、あなた今、自分が何したか解ってる?」
「?」
首を傾げられ、可愛いなと少し思った自分にも腹が立つ。
けどそんなこと、構ってはいられない。
ちゃんと言ってやらなければ気が済まない。
女性なら、誰もが手玉に取れるとでも、勘違いしていそうなこの男に。
「あのね、今のはセクハ「蕩けそうって顔、してくれてたじゃん」」
「!」
ほら見たことか。恥ずかしげもなく、そんなことを口に出来る人は、少なくとも私の周りにはいない。
この男が天狗になってる証拠だ。
「だからって、それでして良いってことには」
「物足りなかった?大人しそうな顔して、案外肉食なんだな」
「なっ!」
手を取って、妙なことまで口走り、イケメン改め最低男は、居酒屋へと姿を消した。
この時は、全く思いもしなかった。
接点なんて、これっぽっちもなさそうな、私たちが再会するとは。
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