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『パァーーン!!!』
(えっ?何?!)
聞いてて気持ち良いくらい。爽快なビンタの音が夜の街に響いた。
しかも、急に、目の前で、そんな光景を目撃したもんだから。思わず声が出そうになった。
(びっくりしたぁ)
シャッターがとっくに下りた本屋の前に、地雷ファッションなのか、ド派手な真っ黒ワンピースの黒髪女子が立っている。
「ひーくんが言ったんだよ!真奈に付き合ってって!!なんでお店辞めてくれないのっ!!」
(こんな時間にお店の前でヒステリー起こさないで〜)
心の中で、私も叫んだ。
二つ結びに網タイツ。オレンジ寄りのチークの彼女のその先に、赤い手形を頬に付けたイケメンがいた。
(イケメンだ)
仮にも書店員をやってる癖に、そんな一般的な感想しか浮かばないくらい。それくらい整った顔の男の子。
少し小柄で華奢で色白で、お人形さんみたいだ。歳は多分、二十代前半。
(可愛い系に分類されるのかな?)
他人の痴話喧嘩を前に、平然とそんなことを考える。
「ってぇ」
汚れを払ってよろめく身体でイケメンが地雷彼女を睨み付けた。
「勝手に勘違いしてんなよ」
(本物の痴話喧嘩だ。初めて見た)
一つ隣の居酒屋から、ガラガラという音がして、長身の赤いスーツの女性が出てくる。
(また違う女性だ……)
知り合いなようで、女性の視線はすぐにイケメンを捉えた。
「もう光ずっと待ってたのに。ってあら?お嬢ちゃんたちも光のお客さん?」
さらっと彼の肩に手を触れて、品定めするようにこちらを見てくる。
「んなわけないだろ?レミさんは中に入ってて。冷えると良くない」
「もう、光ったら」
(さっきまでとは別人みたい)
優しい口調に、女性を癒やす甘い声。
これはさぞ、勝ち組人生を謳歌して来られたに違いない。
見つめ合い、そつなく女性を店内へと戻したイケメンの柔らかい笑みに一瞬見惚れそうになる。
(あんな顔もするのか……)
先程から、ずっとムッと噤んだ地雷女子の口元に、すぐに帰ってきた彼の指先が触れた。
(えっ?)
一瞬にして、その表情が真剣なものへと変わる。
「そんな顔すんな。俺にはムリだって。真奈なら、もっと良い男見つけられっから。な?」
少し屈んだ彼と女の子の目線が同じ高さになった。
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