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第二章 さなぎ (4) 歌うバスケ少女
一体なんだろう。
音のする方に足を向けると、やがて校舎の裏手にある小さな原っぱに辿り着いた。
原っぱの隅には柱がひどく錆びついた、バスケットボールのゴールが置かれている。
そのそばで、一人の女子生徒がドリブルシュートの練習をしていた。
弾くボールのリズムに合わせ、後ろにまとめた長い髪が激しく揺れている。
人気のない場所で一心不乱に汗を流すその姿に、つい目を奪われてしまう。
しかし、それ以上にその子には強く惹かれるものがあった。
それは、あれだけ激しく運動しながら一切息を切らすことなく、明るく澄んだ高い声で歌を口ずさんでいたことだ。
か細く息が混じりながらも、ボールの重低音にかき消されない程に芯の通ったその歌声は、何となくいつまでも聴いていたい、と感じさせるものだった。
しばらく校舎の端に隠れ、練習の様子を眺める。
やがて、その子の手から放たれたボールが綺麗に弧を描きながら、籠の中へと綺麗に収まった。
鮮やかなシュートに思わず、おおっ、と声を出すと、その子の目がきょろきょろと声の出所を探し始めた。
しまった、と頭を掻きながら、のそのそと物陰から顔を出す。
「ゴメンね。練習の邪魔しちゃって。ちょっと珍しかったから、こっそり覗いちゃった」
女の子は傍に落ちているボールを素早く拾うと、わたしのすぐ目の前まで勢いよく駆け寄ってきた。
その距離の近さと勢いに、思わず二歩くらい後ずさってしまう。
「ちは! 見ない顔っすね。別に暇潰しでやってたんで、全然いいっすよ。そんでそろそろ飽きてきちゃって、もうやめよっかな、って思ってたところっす」
女の子は、明るくそう言ってニシシと笑った。
バスケ部の自主練? と何も考えずに尋ねると、その子は大げさにがっくり肩を落とし、呆れたように言った。
「……きみ、知らないの? バスケ部は、何年か前に廃部になったんだって。ま、うちも入学した後でそれ知ったから、結局どこも入んないで、たまに気が向いた時だけここで練習してるんだ。ここ、滅多に人来ないから、好きなだけ遊んで帰れるし」
そう言われて気付いたけど、確かに制服姿でスカートの下にジャージを履いていれば、真面目な練習とかではまずないか……。
それから女の子は、突然何か閃いた顔をすると、ニコニコしながらボールをこちらに渡してきた。
「折角だからさ、1オン1、やろうよ。一人でしてても、全然つまんないからさ。うちに捕られないように、シュートを入れてみてよ」
「えぇ? でもわたし、バスケそんなにうまくなくて……」
「それじゃ、十五秒以内にうちがボールを奪えなかった場合も、きみの勝ちでいいよ。ならいいでしょ」
「うーん。だったら、やってみようかな」
「おっけー。そしたら、あそこからスタートね。うちはこの辺くらいでいいかな」
そうしてその子が立った場所は、わたしの位置からだいぶ離れた、ゴールの真下らへんだった。
1オン1って、こんなゲームだったっけ? と思いながら、ドリブルしようとボールを手から離した瞬間。
前から突風が駆け抜けたかと思うと、気づいた時にはボールはもう手元に無かった。
すぐ後ろから、得意げに声が投げ掛けられる。
「よーし、次はうちが攻めね!」
そして彼女は、先ほどとは比べ物にならないくらいのスピードでボールを弾くと、あっという間にゴールに近づいてタイミングよくボールを放った。
空に真上に打ち上がったボールは、やがて籠の中に綺麗に収まっていく。
ただその様を呆然と眺めるわたしに、女の子は意気揚々と近づくと、「ちょっと本気出しすぎちゃった。ゴメンね」と言ってペロッと舌を出した。
なぜかそれで無駄に闘志に火が付いてしまって、「もう一回!」と強くお願いするも、結局それから何回やったところで一度も勝てなかった。
疲れ果ててその場にしゃがみ込むと、まるで疲れを感じていない様子で「予備で持ってきたやつだけど、いる?」と小さめのタオルを差し出してくれた。
離れたところでじっと身体を癒している間にも、その子は一人でドリブルシュートの練習を続けている。
一体あの小柄な身体のどこにそんなバイタリティがあるんだろう、と思いながら見ていると、やがて再び同じ歌を口ずさみ始めた。
最初は何かわからなかったけど、改めてよく聞いてみるとどこかで耳にしたことのあるメロディーだ。
少し考えてからその子に大声で聞いてみる。
「それってさ、『きみ恋』のドラマの主題歌でしょ? わたしもそれ好きなんだ!」
すると、女の子は突然動きがぎこちなくなって、投げようとしたボールを地面に落としてしまう。
そして、少しだけ頬を赤くしながら、わたしの方に向き直った。
「……うーん、まあそうだね。うちも、好きなんだ。ははは」
それから弱弱しくうつむくと、なぜか私に向かって謝りだした。
「ゴメンね、超聞き苦しかったよね」
「えぇっ、とんでもないよ! 確かに、バスケしながら歌ってるのは不思議だなぁ、って何となく気になってたけど、でも綺麗な歌声だなって思ったよ」
女の子はそれでも腑に落ちなそうにしていたけど、やがてもう一度ぺこりと頭を下げた。
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