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粟島(あわじま)は、プラスチック容器ばかりで膨らみ切ったゴミ袋を手にしながら、目の前の木から新芽が出て、淡い緑で彩られていることにふと気づいた。 霧雨がどこからか噴き出すようにして降り、あたり一面を乳白色で包んでいる。 遠くに見える五分咲きのソメイヨシノは、曇天とマンションの壁に溶け込み、その輪郭を曖昧にしていた。 最後に自ら春という季節を迎えたのは、もう4年前——ちょうど社会人になったころだ。 入社5年目になり、変化のない環境に身を置いているせいか、以来、春はいつも一方的に、我が身に食い込んでくるようになった。 冬と夏の隙間に埋もれぬよう、花を咲かせ、陽光を放ち、緑の絨毯を敷く。 その主張の強さに反して、春からもたらされるあらゆるものすべては薄くてぬるい。そこが好きだと、粟島は思う。 鮮やかすぎない、まろやかな色味。 人肌のような風。 瞼をとろかす、柔らかい光。 それぐらいが、自分にはお似合いだ。 新緑に気を取られていたせいか、新谷(しんたに)の姿を捉えたのは、すでに階段を下り始めてからだった。 こちらの足音と手に持つゴミ袋の擦れる音は、すでに彼に届いてしまっているだろう。 ステップのリズムが不自然に乱れぬよう注意して近づくと、新谷は想定通り、見計らったようなタイミングで振り返った。 「おはよ」 ジャケットとネクタイはまだ身につけていないが、彼はすでにスーツ姿である。 大きくはないが、明瞭な声だ。 「おはよー」 それに対して、粟島の挨拶——すなわち本日の第一声はだいぶかすれていた。 加えて、まだ自分が上下スウェット姿であること、それに、ラベルをろくに剥がさぬままゴミ袋に突っ込んだボトル類に、気まずさを覚える。
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