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「粟島、今日は在宅なの?」
「いや、出社」
それを言うと、新谷は片眉をわずかに上げた。一見にして爽やかな顔の眉間にごく小さな皺が入るだけで、神経質そうな印象へと変わる。
「遅刻するよ」
「ねー」
「ねーって、のんびりだな」
粟島はゴミ袋の中身を見られないよう、防鳥ネットの下に素早くくぐらせた。
今日はプラスチックの回収日だからか、頭上で鳴くカラスの数も少なめである。生ゴミの日とそうでない日を、奴らはきっちりと把握しているらしい。
「昨日、遅くまで飲んでたから寝坊しちゃった」
「あー、清宮と?」
「そーそー」
新谷に続いて、粟島も階段を上がる。
すると、彼の尻がちょうど目線の高さにきて、足元よりもついそちらに気を取られた。腿まわりに筋肉がついているのが、スーツ越しにもわかる。たしか彼は、大学までサッカー部だったと聞いた。
「お前ら、本当に仲良——」
新谷は言いながら振り返り、粟島の視線に気づいたらしい。
なにかがついているとでも思ったのか、自身の背中から尻にかけてを手で払った。
「別になにもついてないよ」
「え、じゃあ……」
「おしりが可愛いなあって思って」
すると彼は咄嗟に両手を当てて、今褒められたばかりのパーツを隠した。
嫌悪ではなく、焦りゆえのリアクションらしい。
「やっぱりこのパンツ、ピチッとしすぎてる? 試着したときに少しきついなって思ったんだけど」
「いや? 気になんないよ。それに男の尻ばっか見てるの俺ぐらいだから大丈夫」
「大丈夫の基準がよくわかんないな」
新谷は呆れたような笑みを吐き出した。
それから体の向きを変えることで、依然として尻に注がれたままの、粟島の熱視線から逃れた。
上半身にも筋肉がついているのが、シャツ越しにもわかる。恵まれた体格、それから姿勢の良さは、やはりスポーツによって鍛錬されたものだろう。
「尻ばっか見てないで、早く支度しろよー」
新谷は自室のドアを開け、一度中に入った後、ふたたび顔を出して忠告してきた。
ドアを閉める時の微かな音に、所作の丁寧さが表れている。
嫌味もなく完璧なその姿を見て、粟島は数年前のあの一言を、なんとなく思い出した。
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