ヴェルダの御使い

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ヴェルダの御使い

 砂漠に雨が降り出したのは夜明け前のことだ。  空全体を覆う厚い雨雲が朝の訪れを妨げ、辺りはどんよりと薄暗い。  ヴェルダの御使(みつか)いは、ラクダに乗って砂漠を一人進んでいる。雨で湿った砂が固まり、普段より歩きやすくなっている。  昨晩、ヴェルダの御使いは、砂漠の闇に緑色の閃光を見た。  無数の稲妻が空のあちらこちらで光っていた。  それは、ヴェルダの御使いだけが目で捉えることのできた光景である。  暴れ狂うように光を走らせる無数の稲妻は、やがて空の中心で緑の光を集約させた。空全体が震えるような轟音がした。まるで水が低いところから噴出してくるような音だ。  次の瞬間、巨大な緑の稲妻が空を引き裂き、どーんという凄まじい音とともに、砂漠に雷が落ちた。  それから雨が降り出したのだ。  ヴェルダの御使いは、砂漠の中に光るものをみつけた。  チカチカとまぶしい光が明滅した。  今、ヴェルダの御使いはその光に向かって進んでいる。  降り出した雨と緑の閃光は何なのか。  ヴェルダの御使いは戸惑いながらも、今はただ砂漠に明滅する光の源までたどりつこうと考えた。そこにすべての答えがあるような気がした。  プレーナに異変が起きたのはまちがいない。  ヴェルダの御使いは一刻も早く明滅する謎の光源にたどり着きたかったが、ぬかるんだ砂漠に足をとられるラクダは遅々として前に進まない。  ヴェルダの御使いがまとう黒装束が、しとしとと降り続ける雨を吸収し重くなっていく。雨に濡れた体は次第に冷えていった。指先はとうに冷たくなっている。  ヴェルダの御使いはラクダを励まし、何とか前に進ませようとする。しかし、ラクダの疲労を考慮すれば、急がせることもできない。この状況では、進むこと自体が困難だ。  そしてようやく光源にたどりついた。  ヴェルダの御使いは驚いた。  ぬかるんだ砂の上に、白い服を着た緑の髪の少女が横向きに倒れている。  少女は、両膝を折り、太ももを胸に近づけるようにして、体を丸めていた。  両腕は、股と胸の間に挟みこむようにして折り曲げている。少女の体全体が光に守られるように包まれていた。その淡い光はまるで水のようでもあった。その光のような水の球体の中心に少女がいる。薄着だったが、温かな水に包まれて寒さを感じてないように見える。水の球体の光は消えかけた電球のように明滅している。  ヴェルダの御使いはラクダから降り、手綱をしっかりと握りながら、少女にさらに近づいた。  ヴェルダの御使いが発光する水の球に触れると、光の水は少女の体に吸収されていくようにして消えた。  少女は軽いうめき声を上げ、まぶたを震わせた。 「しっかりして、私の声が聞こえる?」  ヴェルダの御使いは少女の頬を軽く手で打った。  少女の目がゆっくり開こうとしていた。  ヴェルダの御使いは息を呑んだ。  少女の琥珀色の瞳がヴェルダの御使いの姿をとらえた。 「……私がわかる?」  ヴェルダの御使いの声が震える。  少女はぼんやりとその顔をみつめている。 「なぜ、その姿で、こんなところに……」 「……母さん?」  ヴェルダの御使いの言葉を遮って少女が言った。  その言葉でヴェルダの御使いはハッとした。 「そういうこと……」  ヴェルダの御使いは、再び瞳を閉じた少女の顔をじっと見ると、目を伏せて、自嘲するように小さく笑った。 「どうかしてる、私は……」  そのとき、ヴェルダの御使いは、少女の右のこぶしの指の隙間から光が漏れていることに気がついた。  ヴェルダの御使いは、少女が握りしめているものが気になり、こぶしをそっと開かせた。  少女の手のひらには、透明な水晶の勾玉があった。  光はこの勾玉から発している。  ヴェルダの御使いはそれを自分の手に取ろうとした。 「これは……?」  だがヴェルダの御使いが触れた瞬間、光は失せ、勾玉も消滅した。 「今のは一体……」  ヴェルダの御使いは呆然とした。 「母さん……」  少女はうめくようにつぶやく。  ヴェルダの御使いは片手で少女を抱きかかえ、しゃがませたラクダの背に乗せた。 「」  ヴェルダの御使いは少女に声を掛けた。 「しっかりつかまって」  ヴェルダの御使いは、ヒラクの体を押さえつけながらラクダに乗ると、砂漠を引き返していった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 【ヴェルダの御使い】 〔アノイ編〕…ヒラクの父イルシカは「黒装束の女」と呼んでいた。そして、山を越えて黒装束の女に会えばプレーナの地へ去った母親に会えるだろうとヒラクに告げる。 〔セーカ編〕…セーカのプレーナ教徒の間では、プレーナの眷属である黒装束の民の中心人物とされ、プレーナそのものとされる聖なる水を分配する、満月の夜の分配交換にセーカに現れるとされる。 ヒラクと同じ緑の髪をしていることから、ヒラクはヴェルダの御使いに間違われ、プレーナ教徒や狼神の使徒たちの陰謀に巻き込まれていく。
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