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プレーナの真実
母ウヌーアが今どこにいるのかと疑問を口にしたヒラクに対して、ヴェルダの御使いは「プレーナとともにある」という謎の言葉を口にした。
「それってどういうこと? プレーナと一つになるとかってやつ? おれにはさっぱり理解できないよ」
ヒラクは少し不機嫌に言った。母ウヌーアがヒラクの意思を無視して、自分の考えばかりを押しつけていたことが思い出される。
ヴェルダの御使いはそんなヒラクの様子から、ヒラクが体験したことを垣間見る思いがした。
「ウヌーアは、あなたとの代替わりを望んだのね。プレーナと一つになるために」
「知ってたの?」
「あなたは、あの水の結晶の館でお母さんに会ったと言ったでしょう? それは、彼女の望みの中にあなたが存在したことを意味するのよ」
「どういうこと?」
「あの場所が存在すること自体、ウヌーアの祈りの証だもの」
「祈りの証?」
「さっきも言ったとおり、プレーナは姿を変えるの。それは女神プレーナの姿だけに留まらない。プレーナは女神の他に聖地という形をとっている。その聖地もまた、それを思い描く人々の望みにあった形で具現化するのよ」
「じゃあ、あそこにあった場所は全部プレーナ……?」
ヒラクは思い返してみた。
母のいた水晶の館、プレーナの娘たちのいた木立の中の噴水、過去のセーカを思わせる地上の町、老主たちの意識が溶け込んだ水の中……それらすべてが、聖地プレーナのそれぞれの形だったということになる。
ヒラクは自分が見てきたものをヴェルダの御使いにすべて話した。
ヴェルダの御使いは考えを巡らせるように目を伏せて少し黙った。
そして、かたずを呑んで言葉を期待するヒラクを見て話し始めた。
「まず、あなたが見た地上の町は、あなたが思うように、かつての地上のセーカを再現したものなのでしょう。プレーナの怒りを買い、地上を追われ、地下で祈りの生活をすることになったプレーナ教徒たちにとって、地上の生活を取り戻すことこそがプレーナの許しの証であり、それこそが望みのすべて、救いだった。そんな人々の思いを宿して生まれた聖地がその地上の町なのでしょう」
ヒラクがそこで出会った人々は、かつては地下で生活していたプレーナ教徒たちだった。彼らにとって生きるということは罪深い自分をみつめることでしかなかった。
彼らは苦しみの生を終えて初めて死の向こうの輝かしい生が得られると思っていた。地下での生活を終えれば地上の楽園が待っている……。それを夢見てプレーナに救いを求めて祈っていた。
地下のプレーナ教徒たちは、生を単なる死後の前段階としか考えず、孵化する前の蝉の幼虫のように地下でひっそりと暮らしていた。彼らは、自分たちが思い描いたとおりの地上の町で生きているという夢を見る。
だが彼らが思い描いた楽園は、実体のない蝉の抜け殻のようなものだ。
それが彼らの想いを宿した聖地プレーナの姿だった。
「それからあなたが出会ったプレーナの娘たち。彼女たちもセーカのプレーナ教徒だった娘ね。もしくは、かつて聖地プレーナを目指した娘たちの後に続こうとする者たち」
そこまで言って、ヴェルダの御使いは表情を曇らせた。
「聖地プレーナを目指した娘たち……」
ヒラクは母に似た娘キルリナのことを再び思い出した。
「おれ、それ見たよ」
ヒラクはヴェルダの御使いに言う。
「セーカの娘たちに向かって、黒装束の民に導かれて聖地プレーナへ到達するようにって言っていたじいさんがいた」
それを聞いたヴェルダの御使いは険しい顔つきになった。
「あの娘たちはプレーナにたどり着いたの? でも、おれが見たプレーナの娘たちの中に、その時見た顔は一人もいなかった」
中でもヒラクはキルリナのことが気になっていた。
聖地プレーナのどこにも彼女はいなかった。
「黒装束の民は娘たちをプレーナに導くことなんてできない」
ヴェルダの御使いは言いにくそうに言う。
「その娘たちは単に遊牧民たちに望まれただけ……」
「どういうこと?」
ヒラクはきょとんと首を傾げた。
ヴェルダの御使いは先の言葉を続けるのをためらっている。
「教えてよ。彼女たちはプレーナに行ったんじゃないの?」
ヒラクはキルリナがどうなったのか知りたかった。
「その娘たちの中に母さんにそっくりな人がいたんだ。キルリナって名前だった」
「……ヒラク、あの人を見たの?」
ヴェルダの御使いは驚いてヒラクを見た。
「知ってるの?」
ヴェルダの御使いは静かにうなずく。
「……さっき私は、聖地プレーナはそれを望む人の心のままに現れると言ったわね。あなたがお母さんと一緒にいた水の結晶の館はそのキルリナが作りあげたものなのよ。ヴェルダの御使いというのもそこから生まれた。私もあなたも彼女を母体とするプレーナの子として生まれたの。この血の中にあの人がいる。もちろんあなたの中にもね」
「どういうこと? キルリナは、あの館になんていなかった。自分はもうプレーナじゃないって言っておれの目の前で消えた。おれがあの場所に行く前のことだ」
「……『もうプレーナじゃない』?」
ヴェルダの御使いはわずかに目を見開いた。
そして静かに微笑んだ。
「……そう。彼女はそう言ったの……。小瓶の中からあふれた想いが時を越えて昇華したのね」
「小瓶?」
「あなたがふところにしまい込んでいたものよ。かつてヴェルダの御使いが当時の老主にたくしたもの」
その小瓶とは、長い間シルキオが持っていたもので、孫のシルキルにヴェルダの御使いに返すよう頼まれていたものだ。
「なぜヒラクが小瓶を持っていたのか不思議に思った。でも何のことはない。ただそれは、小瓶が老主からザカイロの手に渡らなかったことを意味しているというだけのこと」
「ザカイロのことも知っているの?」
ヴェルダの御使いは深くうなずいた。
「どうしてあなたはザカイロに小瓶を渡そうとしたの?」ヒラクはヴェルダの御使いに尋ねた。「ザカイロはプレーナを憎んでいた。そのザカイロになぜ?」
「キルリナの願いだったからよ。そして、私の母の願いでもあった」
「どういう意味?」
「老主に小瓶を渡したのは私じゃないわ。当時のヴェルダの御使い……つまり私の母で、あなたのおばあさまにあたる人が渡したの。キルリナは私の母の祖母にあたる。ザカイロはその夫で、私の母の祖父になるわ。キルリナはプレーナでザカイロとの間にできた子どもを生み落とした。その血を受け継いできたのが、私であり、あなたのお母さんであり、あなたなの」
「えっ!」
自分がキルリナとザカイロの血を引く者であったことに、ヒラクは驚き戸惑った。
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