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「でも、昔そこから黄泉の国へ行った村人の話があるんですよね?」
「確かにそういう言い伝えはあるよ。だが、この現代にあってそんな荒唐無稽なことを信じているのかい?」
「昔、美咲が黄泉の国で待っているって言ったんです。迎えに行ってやらないと」
「君の名前は?」
「永山翔です」
「永山君、落ち着いて。君は恋人を失って普通の感覚じゃなくなっているだけだよ」
「いや、違います。俺は絶対に美咲を取り戻します!」
店主は眉根を寄せて口を引き結んで涙を堪える翔をじっと見つめた。店主は、二杯目のコーヒーを淹れて、翔のコーヒーカップに注いだ。
「永山君、地獄穴が何処に存在するかは分かってはいないんだよ」
「探します」
「思い留りなさい」
「いや、失礼します」
翔は喫茶店を後にした。その後、地獄穴のことを聞きまわる東京から来た若者がいると、町では噂が駆け巡った。
余市もかつてはニシン漁で栄えた町であるが、ニシンが乱獲された後は、ニシン御殿と言われた瀟洒な屋敷を持つような漁業従事者はもういない。今はイカやカレイなどを漁獲している漁船が、余市港を起点にして日本海で操業している。
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