『愛と忘却』

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「貴方も地獄穴などないと言うんですか?」 「どうだろうな。俺は見たことがないものを信じない」 「俺は、探します。美咲を迎えに行く」  漁師は黙って、翔を運んだ。岩礁の上にそそり立つようにそびえる神威岩が見える。美しい立ち姿は乙女がそっと愛する人を待っているかのようだった。船から降りた翔は深々と会釈した。漁師が頷く。 「俺は、漁があるから沖に出るが、2時間くらいしたら迎えにくるからな」 「ありがとうございます。もし、俺が居なかったらどうぞそのまま港に帰ってください」 「必ず迎えにくるから。そこで寝転ぶなり、疲れた心を癒すといい。ただ、潮の満ち引きは計算しろよ」 「わかりました。ありがとうございます」  翔は神威岩を散策した。どこかに黄泉の国への入口がないだろうかと探したのだ。岩礁をぐるりと一周しても入口らしきものはない。腰を下ろして休もうと思ったその時だった。 「カケルぅ、愛してるわ」  その声は美咲だった。翔は目を瞠った。声がしたのは、神威岩の上のほうだ。翔が見上げると、人では登りえない岩の先端に美咲の姿があった。翔は心臓が跳ねたのを感じた。 「美咲!!」 「カケルぅ」
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