夜道にて

1/3
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 ネズミのチューベルトは、堂々とした足取りで、大きなニンゲンの巣の表通りを歩いていた。  これが昼日中なら、棒や石を持ったニンゲンに追い回されるところだが、今は真夜中だ。  明るい内はうじゃうじゃと行き交うニンゲン達も、月の下ではめったに出歩かない。  寒いからか、暗いからかは知らないが、少し前まで山で暮らしていたチューベルトにとっては何ということもない。  ニンゲンの巣は、ニンゲン達の寝床の外でも山中よりかは温かい状態し、表通り沿いは夜でも明かりが漏れている。  表通りは、昼間のチューベルトが過ごす裏通りと違って、食べ物も落ちていなければ、隠れ場所もあまりない。  けれどチューベルトは、この静かで平らな広い道を独占して歩く、この時間が、ただ何となく好きだった。 「……〜〜〜〜!!」 そんな静かな時間を、不意に大きな唸り声が掻き乱す。 「〜〜〜〜〜……」 「〜〜〜〜、〜〜〜〜ッ!!」  チューベルトの歩く先で、2匹のニンゲンが何やら争っていたのだ。  大きい方のニンゲンが、前足で小さい方のニンゲンを掴み上げている。  普段なら慌てて逃げるチューベルトだが、今は夜だ。  ニンゲンは夜目が利かないし、近くに寄っても気付かれまい。  静かな夜の散歩を邪魔されたのだから、野次馬をして(からか)ってやろう、なんて考えた。 「〜〜〜〜! 〜〜〜〜!」 「〜〜〜……?」 「〜〜〜〜〜〜ッ!!」  大きい方のニンゲンの身体からは酒の臭いがした。  小さい方のニンゲンからは、何やら甘い果物の匂い。  ネズミは夜目は利いても遠くは見えない。  果物の汁でも付いているなら、ゆさゆさ揺られた拍子に雫が落ちて来ないだろうか。  そんな風にチューベルトが眺めていると、急に、小さい方のニンゲンの背中が大きくなった。  ああ、違った、とチューベルトは気が付く。  背中が大きくなったのではなくて、近付いてきたのか。  気付いたときには、ニンゲンの背中はチューベルトの視野のすべてを埋め尽くしており。  その視覚的な圧迫感は、すぐに物理的な圧迫感へと変わった。  ぽしゃり、と音を立ててチューベルトは潰れた。  チューベルトが死んだので、たった今地面に投げ落とされ、ネズミを圧死させたニンゲンへと視点を移動する。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!