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2 初耳
薫が目を覚ますと、白い光が差し込む部屋にいた。
まさか自分は一命を取り留めて、病院にでもいるのだろうか? けれどどこも痛くないし、と眠りから覚めたような感覚で、薫は不思議に思う。
(実は怪我なんてしてなかったとか?)
試しに腕を動かしてみた。──普通に動く。
とりあえず、ここが病院なら目を覚ましたことを知らせないと。そう思って、薫はナースコールを探そうと顔を動かした。
「ああ、まだ無理しちゃダメだよ」
「ひ……っ」
顔を動かした視線の先に、ひとがいたのだ。てっきり部屋に一人きりだと思っていたので、いきなり声を掛けられて、薫は情けない声を上げてしまう。
(え? え? 誰? 何このひと? 知らないひと!)
そのひとは男性で、金糸の髪をうなじだけ長く伸ばし、瞳は深い海のように碧かった。溶けるほど滑らかな肌に、薄桃色の唇は口角が上がり、薫の髪を優しく梳いている。
「え、ちょっ……止めてください……っ」
薫はその手を払った。
すると男の顔が驚きの表情になるのと同時に、薫の脳裏にある言葉が浮かぶ。
「懐かしい」と。
「おい、いくら魂を召喚したとはいえ、記憶は前の身体の持ち主の方が強いんだ、いきなり触るのは無礼だろう」
(魂? 召喚? 何それ?)
薫はハッとして新たな声の主を見た。そこには背の高い、精悍な顔立ちの男がいる。ワインのように深い赤の髪を後ろに撫で付け、同じ色の目は切れ長だ。彼は呆れたように金髪の男と並ぶと、うん、大丈夫そうだな、と口角を上げる。そして辺りを見回した。
「エヴァンはどこだ?」
「さあ? また女の子にでも捕まってるんじゃないか?」
金髪の男は立ち上がる。赤髪の男も背が高いけれど、その男もそこそこ背が高い。しかし薫の目に入ってきたのは、二人が着ている服の異様さだ。
日本人ですらない容姿の二人は、更にアニメやゲームで見る、……いや、もっと華美な、某歌劇団の舞台衣装のような服を着ていた。
金髪の男は紺の膝まであるジャケットに髪の色に合わせたであろう、金の刺繍が施してある。よく見ると紺色の生地にも紺色の糸で刺繍が施してあり、一見すると派手だけれど、この男にはよく似合っていた。同じデザインのベストに白いシャツ、薫には何て呼ぶのか分からないけれど、胸元にはネクタイのように、ふわふわとしたレースの飾りがあった。
対して赤髪の男は、黒と赤を基調とした服を着ている。しかし金髪の男とは違って詰襟のジャケットを着ていた。金髪の男ほど派手ではないけれど、落ち着いていながらも品を感じる服装は、そのひとの人となりを表しているように感じる。
「大体、エヴァンなら、この子が目を覚ますことも分かるはず」
金髪の男がそう言うと、大きく扉が開いて慌てたようにひとが入ってきた。
「すみません! ちょっと……捕まってしまって……!」
高めの声がして入ってきたのは男性だ。その髪はラベンダー色で、長い髪を高い位置で一つに結い上げ、顔立ちも女性かと思うほど柔らかい。彼は赤髪の男とはまた違って白いローブを羽織っており、そのローブも繊細な刺繍が施されていた。
「あ、あのっ」
知らない人が三人もそばに来て、薫は堪らず起き上がって声を上げる。するとラベンダー色の髪の男は一瞬目を見開いた。薫はそれを無視して、今自分が置かれている状況を聞き出す。
「こ、こ、ここは病院じゃないんですか? ああ、ああ貴方がた、ささ、さっき召喚とか言ってましたけど……」
召喚という話が本当なら、薫の願いはほんの少し叶ったことになる。生まれ変わったら楽しい人生に。ここなら叶えられるだろうか?
「ぶふ……っ」
金髪の男が噴き出した。薫は緊張すると、どもる癖があり、しまったと口元を押さえる。三人を見ると、赤髪の男とラベンダー髪の男はそっと視線を逸らした。ああ、吃音のせいで変な風に思われた、そう思って視線を落とす。
「……」
薫は、素っ裸だった。勢いよく起き上がったせいで下半身まで丸見えで、全身が赤くなるのを自覚しながら布団を手繰り寄せ、身体を隠す。
「あ、あ、あ、すすす、すみ、すみませんっ」
「なぜ謝る? ああ、こちらの作法も知らないのは当たり前か。着るものを用意しよう、……って、さすがエヴァン」
金髪の男は振り返って、ラベンダー髪の男がいないことに気付いた。どうやら彼はエヴァンと言うらしい。
「自己紹介が遅れたな。私はシリル……シリル・ラッセル・クリュメエナだ」
金髪の男はそう名乗る。日本人とは思っていなかったけれど、それにしても三人とも美形だ。特にシリルは美しい上に、堂々とした振る舞いをしていて、自分とは正反対だ、と薫は思う。
「ど、どどどどうも、たっ、たかっ、高瀬、かかかかおるですっ」
「かかかかおる……それは前世の名前だな。よろしく」
「あっ、ち、ちが……っ」
にっこりと微笑みそう返したリシルに、薫は慌てて訂正を入れる。吃音のせいで言いたいことが正しく伝わらないのが嫌だったのに、どうして死んでもなお、そこは治っていないのか。
「落ち着いて」
赤髪の男が微笑んでベッドのそばに来る。彼が薫の背中にそっと手を当てると、不思議なことに薫の早く脈打っていた心臓は少し落ち着いた。驚きつつも感謝し、薫ははあ、と息を吐く。
「俺はロレット・カルミナティ。葬送師だ」
「葬送師……?」
葬送師とは、と薫は首を傾げた。そういえば、先程薫は召喚されたと聞いた。薫が死んだのと何か関係があるのだろうか、と思っていると、シリルが自慢げに話す。
「ただの葬送師じゃない。ロレットは霊や魂を送るだけじゃなく、逆に呼び寄せることもできるんだ」
霊や魂を呼び寄せると聞いて、薫が思い浮かべたのは『イタコ』だ。それが本当にできるなら凄いことだ、とロレットを見ると、彼はスっとシリルの半歩後ろに立つ。
「で、でも、どうして僕が……? それに、ここはどこですか?」
とりあえず、ここが日本ではないことは分かった。薫は、手繰り寄せた布団をギュッと握ると、シリルは綺麗に微笑む。
「ここは、クリュメエナ国のクリュメエナ城だよ。そしてきみは、私に愛されるために喚ばれたんだ」
「……」
──そんな国名聞いたことない、と薫は思った。
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