1 序章

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1 序章

 僕は、死ぬのだろうか。  黄昏時。次第に遠のいていく意識の中、高瀬(たかせ)(かおる)はそう思う。 「大丈夫!? あああ、なんてことを……!」  薫のそばにいた老人男性が、慌てていた。それなら、早く救急車でも呼んでくれよ、と思ったけれど、口はおろか、指一本思い通りに動かせない。  薫は、赤く濡れたコンクリートに映ったハザードの明かりを、ぼんやりと眺めていた。  すると、「俺らのせいじゃないよな」と呟いて、走って去っていく足音がする。  彼らが去って行ったことで、周りには車の持ち主らしい老人と、薫だけになった。そしてその老人は、いまだに「どうしてこんなことに!」と叫んでいて、一向に薫を助けてくれる気配はない。  視界が霞み始めてきた。呼吸も浅く早くなり、それももうすぐ止まろうとしている。  ああ、僕は死ぬのだろうか。もう一度心の中で呟く。  せめて、誰かに愛されたい人生だった。親を恨み、級友を恨み──まだ生まれて十八年しか経っていないのに──この世の全てを恨む人生には疲れてしまった。  薫はそう思って、すうっと意識を失くす。  生まれ変わったら、次こそは楽しい人生に。  信じてもいない輪廻転生を、薫は最期に願った。  けれどそんなこと、ある訳がない。  だって、今までの一度だって、自分の願いが叶えられたことなんて、なかったのだから。
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