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10 同調
「あ、あの……ロレット……」
彼の部屋に着くと、薫は先程気になったことを伝えてみた。
「え、エヴァンさんをあまり責めないでください……本当に、あの……しっかり慰めてくれたので……」
まさか抱き締められて、彼の胸で泣いたなんて言えず、薫は視線を落とす。
ちなみに、エヴァンは着替えてから来るそうで、ここにはいない。薫が彼のローブを汚してしまったので当然のことだけれど、申し訳ないなと思いつつも、本当のことを言うのはやはり恥ずかしい。
「ああ……分かってる」
「それで……その……」
薫は先程の葬儀を見て、ロレットに伝えたいことがあったのだ。エヴァンがいないうちに、と思うけれど、なかなか上手く舌が回らない。
ん? とロレットは薫の顔を覗き込んでくる。彫りが深めで強い印象の彼は、やはりいつも柔らかい表情をしていて優しく感じる。
「エヴァンさんに、……伝えないのですか? 僕は、……前世で死ぬ前に、……いや、せめて葬儀の時にでも、好きだった、と言われたかった、です……」
「……ああ……そういうことだったのか……」
ロレットは何か納得したように頷くと、薫の頭をポンポン、と撫でた。
「俺は言うつもりはない。……薫、ちょっとこっちへ」
「へ? 何でしょ……っ、て、ろろろろろろ、ロレット!?」
「そのまま」
逞しい腕と胸に抱かれて、薫は慌てる。けれど次の瞬間には、ウトウトとしてしまうほどの眠気に襲われて、目を閉じてしまった。
「ロレット……? 何を……?」
フワフワと心地よい気分でそう聞くと、彼は薫の膝を掬い、何かに寝かされた。ベッドではないようだ、ソファーだろうか。
「薫の魂がボロボロだった理由が分かった」
「え……?」
「前世では、相当傷付いてきたんだな……」
「……」
薫はすうっと気持ちが凪いで、意識があるのに眠っているような、不思議な感覚になる。波のない湖に浮かべたボートのように、静かに、穏やかに。
「魂の傷は治せないが……俺は薫が少しでも穏やかに過ごせるよう、協力しよう」
「……ありがとうございます……」
すると、そばでクスリと笑う声がした。
不思議だ。話すことはできるのに、目は開けていられず、手足も動かせない。気分は高揚せず、けれど落ち込みもせず、フラットな状態だ。
「そのまま寝るといい。食事の時間には起こす」
「はい……」
その言葉をきっかけに、薫はストンと意識を落とした。
するとすぐに、薫は夢を見る。自分はドレスを着ていて、隣にはシリルがいた。そして後ろにはロレットとエヴァンも。四人で街中を歩いている。
「ねぇシリル、ジェラートとパイ、どちらがいいかしら?」
鈴が鳴るような声とはこのことか、と薫は思った。自分は今、ベルになっていて、その夢を見ているのだ。
通りはパステルカラーの可愛らしい建物が並ぶ道。そこそこ人で賑わっていて、何かのイベントか、休日なのかな、と薫は思った。
「そんなの、両方買ってあげるよ」
シリルが笑顔で答える。しかしベルは頬を膨らませるのだ。
「ダメよ。シリルは私が欲しいものを、何でも買い与えようとするから」
「だって、今日はベルの誕生祝いで、特別な日だ。そのために、こうして四人で休みを合わせた訳だし」
「まあまあ。ベルは四人で過ごすことが望みだったんですよね? でしたら、こうして歩いているだけでも、十分なのでは?」
ベルとシリルの会話に、エヴァンが口を挟む。するとシリルは、子供のように口を尖らせた。
「お前は……いつもベルの言うことを先回りして言う……」
「あっはっは! エヴァンが言わなくても、ベルはいつも言ってると思うがな」
ロレットが笑う。ベルもその様子を見て笑った。
「そう。この四人でいる時は、自分の身分や立場を忘れて、子供の頃のように過ごしたいの」
特別なことは何もしなくていい。一緒にいられるだけで心地良い、そんな存在だから。そうベルは言った。
ああ、羨ましいな、と薫は思う。それに比べて自分はどうだろう? と目頭が熱くなった。
幼い頃から同級生はライバルで、行きたくもない塾、やりたくもない習い事をさせられて。元々引っ込み思案な性格も相まって、友達はおらず、お受験戦争に負けて吃音が発症し……そのせいで高校受験も失敗した。
渋々通った高校でもろくなことにならず、殴る蹴るの暴行を受け、財布を貸してと言われ窃盗され、拒否すれば追いかけ回された。その腐れ縁は大学生になっても続き、あの日は、逃げた先で車に轢かれたんだった、と薫は思い返して目を閉じる。
「……愛してる」
いつの間にか場面は変わり、薫が見たあのバルコニーの景色になっていた。
このひとが、このひとだけが自分を見て愛してくれる。どんなに酷いことをされても、父も母も妹も、担任も、薫の話を聞いてくれなかった。
だからシリルが初めて、自分に向かって愛してると言ってくれたひと。吃音でも同性でも、それがどうしたの、と言ってくれたひと。
「シリル……」
シリルは目尻から零れた涙を拭ってくれる。この優しい手を、どれだけ切望していただろう。この手を離したくない。
「シリル……僕も……」
薫がそう言うと、シリルは宝石のような瞳を涙でうるませて笑った。
「……私と、結婚してくれるか?」
「うん……」
この夢は、過去にあったことだろうか? それを薫が追体験しているだけなのだろうか?
どうでもいいや、と薫は思う。
なぜならベルと薫は、同じ魂なんだから。
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