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4 卒倒
そのあと、シリルにまた城を案内してもらい、ベルの話を沢山聞いた。ロレット、エヴァンを含めた四人はいつも一緒で、シリルとベルの仲が深まるのは当然のことだったとか。
ベルは上級貴族の身だったけれど、平民や奴隷にも優しく接し、飾らない性格で誰にでも好かれていたそうだ。不作であれば蔵を開け、食糧を分け与えるような領主で、それをそのまま娘のベルも引き継いだらしい。
「そこでベルの父上が言ったのは、『これは元々皆さんから納めて頂いたものですから』と。ベルも率先して平民に小麦を渡しているのを見て、将来嫁にすると決めた」
貴族なのに偉ぶらない、どんなひとにも寄り添おうとするベルは、やはり男性からもモテたという。
それを聞いた薫はヒヤッとした。自分とはまるで正反対だ、と。
シリルは自分を愛してくれると言っているけれど、自分を知る程に自分から離れていくのでは、と怖くなる。けれど、今はシリルたちに頼るしかない。呆れられないように、嫌われないようにしないと。
「おっと、もう夕食の時間だな。部屋に戻るとしよう」
「……はい」
だめだ、今のままの自分では。せっかく、ここで楽しく暮らせるチャンスなんだ、と薫はそっと拳を握る。
少しでも、ベルに近づかなきゃ。やっと、自分を求めてくれるひとが見つかったんだから。
薫はシリルの後を付いていった。
◇◇
夕食は、シリルの希望でロレットとエヴァンも一緒に、とのことだった。しかし、いくら待っても二人が来ない。
「僕、呼んできます」
「いや、いいよ。声は掛けてるんだし」
シリルはどうやらのんびり待つことに決めたようだ。けれど薫は何か役に立ちたくて、席を立つ。
「ベルさんがあの二人とも仲が良かったなら、僕もあの二人のことを知る必要がありますよね。……呼んできます」
薫が折れないことを知ると、シリルは笑った。時々そうやって頑固になるところが、やっぱりベルだな、と言われ、顔が熱くなる。
薫は部屋を教えてもらい早速向かった。けれど扉の前に着くと、中からエヴァンの怒鳴るような声が聞こえたのだ。
(え? なに? 喧嘩?)
思わず聞き耳を立ててしまうけれど、ドアを隔てた向こう側の声は、くぐもっていてよく分からない。けれど、いい雰囲気ではないことは確かだ。
(どうしよう? こんな時、ベルさんならどうするのかな?)
四人がずっと一緒だったと言うのなら、仲が良かったはずだし喧嘩別れしないよう仲裁したはず。よし、と薫は心に決めて、勢いよくドアをノックして開けた。
「ろろろろろ、ロレットさん、えええエヴァンさん! けっ、けけ喧嘩は止めませんか!?」
バァン! と派手な音を立てて開ける薫。しかし、ドアの先を見た瞬間固まってしまう。
そこにはロレットの前で泣いているエヴァンと、彼の両肩を抱いて顔を覗き込んでいるロレットがいたからだ。その距離は友人というには近く、薫は慌ててしまう。
「あ……、すっ、すっ、すすすすっ、すみませんっ!」
「……エヴァン」
腰から九十度頭を下げて謝る薫に、ロレットはエヴァンをジト目で睨む。するとエヴァンはロレットの胸を強く突き放して離れ、足早に去っていってしまった。
(どうしよう!? もしかして、ロレットとエヴァンさんって……!)
「あああ、あの、ごっ、ごっ、ごめんなさいっ!」
決して邪魔するつもりじゃ、と言った薫の頭を、ロレットは優しくポンポンと撫でる。するとスっと緊張が解れ、薫はロレットを見上げた。
「僕……エヴァンさんに嫌われてしまいましたか?」
薫は不安に思ったことを口にする。もしかして見られたくないところを見てしまったのでは? と。
するとロレットは微笑んだ。精悍な顔立ちは時折強くて怖い印象だけれど、彼はよく笑うから優しく感じる。
「気にするな。あいつは仕事上、不安定になることが多い」
「……仕事?」
「占い師だからな。視たひとの過去未来が見えるんだ。そしてそのひとに同調してしまう」
慰めていただけだ、とロレットは薫の背中を優しく押して、歩みを進めた。
「深入りしてしまうのは、あいつの悪い癖だ。俺も葬送師なんて大層な名前が付いているけど、やってることは魂を落ち着かせることと、喚ぶことだけだ」
結局、俺ら二人とも、大きな運命には逆らえないのさ、とシリルが待つ部屋に入る。
「で、でもっ」
薫はロレットを見上げた。
「その特別な力を活かして、人の役に立ってるなら、いいじゃないですか……」
僕なんて、何もない。特別な力もなければ、容姿端麗でもない。せめて勉強くらいできれば。──そう思った時、シリルが薫のそばに来てロレットの手を払う。
「近過ぎだ」
そして彼から奪うように、薫を食卓へと連れて行った。驚いてシリルを見ると、彼はにっこりと微笑む。
「見苦しいね。でも、もうきみを誰にも奪われたくないから」
「……」
そう言われて、薫は顔が熱くなって俯く。そして、今喉まで出かかった言葉に口を手で塞いだ。
大丈夫。そんなことをしなくても、ずっとそばにいたいのはシリルだけよ。
理屈じゃなく、魂がシリルに惹かれているのを強く感じて、薫は少しだけ戸惑った。そして、身体が変わっても、こんなに互いを想い合う二人を羨ましく思う。
(そっか……ベルさんも本当にシリルさんのこと、好きだったんだな……)
それなら、やはり自分も愛されるような……ベルのような人間にならないと、と薫は思った。疎まれる人生はもう終わったんだ、自分は生まれ変わったんだ、と思ってふとシリルを見ると、彼は不安そうにこちらを見ている。
薫は微笑む。大丈夫だよ、とでも言うように。
すると次の瞬間、薫はシリルに抱き締められていた。
「ふぇっ!? し、しししししシリルさんっ!?」
突然の抱擁に薫は動揺する。シリルの抱き締める腕は強く、苦しいです、と訴えても彼はぎゅうぎゅうと腕を締めつけてきた。
「やっと笑ってくれた……」
そのシリルの言葉で、薫はずっと自分が笑っていなかったことに気付く。そしてキツく抱き締めながら、シリルと呼んでくれと言った彼の背中に、そっと腕を回した。
「……シリル……」
呟くように薫は呼ぶと、シリルの腕は一層強くなり、彼は顔を覗き込んでくる。
「……?」
目の前の綺麗な肌と、澄んだ碧い瞳に吸い込まれそうになっていると、その瞳が近付いて閉じられた。
「……」
柔らかいものが唇に触れる。それは軽く薫の唇を啄み、チュッと音を立てて離れた。
キスをされた、と思ったのはその後だ。満足そうなシリルの顔が離れてやっと、薫は動くことができた。
「な、な、な……っ」
それでも言葉は出てこなくて、口元を押さえていると、シリルは微笑む。
「……すまない。つい……」
綺麗な顔が照れたように笑った。ただでさえ忙しく動いていた薫の心臓は、爆発しそうなくらいになり、ふらぁっと頭が揺れる。
「薫殿!!」
ロレットの叫び声が聞こえた。
情けない。キスをされただけで緊張して失神するなんて。
そう思いながら、薫は意識を失った。
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