序章

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 『残念な結果だとは思いますが、気にすることはありません。"ここ"へ入ることこそ、あなたという"個性"を守り育てることだと信じています』  ["ここ"にしか入れないだけだろ。どこにも行けない落伍者、敗北者、挫折者、負け犬が]  つまり、世界(天秤)の均衡を揺るがす奴等は弾き落とされる。  結局、"私"自身も最後には"ここ"へ行き着くしかなかったように。  本当はずっと前から、母親にも、父親にも、学校と会社の連中にも「お前が早く降りてしまえ」、「他の人達が乗れないだろう」、と迫られていたのに。  生まれた時から今日までずっと、ただ悪足掻きをして、ただ引き延ばしてきたに過ぎない"私"は、ついに決意した。  「……二〇二〇年・十二月二十三日・午後十時――」  雪砂糖を被った砂丘をおぼつかない足取りで踏み越える。  凍てつく潮風に舞う砂塵に目が眩み、渇いた痛みを覚えても。  砂底に埋もれたズボンの裾は汚れ、革靴の隙間から侵入した氷砂で足裏が冷たく濡れても。  潮騒を奏でる冬の魔物を眼前に足を止めた"私"は時を詠んだ。  時計の針のように無感情に。  「もう、降りていい―― ――」  凍てつく水飛沫と腐った潮臭を前に、酒精(アルコール)漬けになっていた体と心は芯まで冷え渡る。  全ては霞み消えていく。  ついに"約束"は果たされる。  たった一人で、のだ。 ・
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